これまで、「フィランソロピーのニューフロンティア」に登場した新たなアクターを紹介してきました。それは、社会的投資仲介機関や社会的証券取引など、社会的投資を志向した組織が中心でした。では、伝統的フィランソロピーにおいて中核的な位置を占めていた財団は、この「フィランソロピーのニューフロンティア」においてどのような位置を占めるのでしょうか。「フィランソロピーのニューフロンティア」提唱者のレスター・サラモン教授は、「フィランソロピー銀行としての財団」という概念を使って、財団の新たな役割を分析しようとしています。
1.「フィランソロピー銀行としての財団」とは?
「フィランソロピー銀行としての財団」とは、「フィランソロピーのニューフロンティア」の登場に伴い、これに対応するために、従来の「グラント・メイキング」手法に加えて、投融資や信用保証など、社会的投資の世界における様々な手法を活用しようという財団を指します。
そもそも米国では、1960年代より、「プログラム関連投資」という形で、財団が基本財産の運用の一部を事業に使うことを認めてきました。この制度は、財団が内国歳入庁の認定を受けた場合、プログラム関連投資として、投資を総資産の5%のペイアウトに算入することを可能にするというルールです。米国の助成財団は、毎年、総資産の5%以上を確実に事業費として支出することが義務づけられています。しかし、巨大財団の場合、この条件をクリアするのはなかなか難しいため、このプログラム関連投資という制度が導入されたわけです。しかし、「プログラム関連投資」には、財団ミッションとの整合性やマーケットレート以下のリターンなどの制約が課せられていたため、それほど米国内で普及はしませんでした。
他方、90年代に入り、戦略的グラントメイキングが普及し、さらにベンチャー・フィランソロピー、触媒型フィランソロピー、共同ファンディングなどの様々な手法が発展し、また社会的投資市場が発展するに伴い、社会的投資を活用しながら自分たちのミッションを達成しようという財団が登場しました。これが、「フィランソロピー銀行としての財団」です。有名な例としては、米国のH. B. ヘロン財団や英国のエスメ・フェアバーン財団 、イタリアのCRT財団などがあります。
「フィランソロピー銀行としての財団」は、内国歳入庁の認定が必要な「プログラム関連投資」の制約を離れ、自分たちのミッションを実現するための投資ということで、「ミッション投資」や「ミッション関連投資」という言葉を使います。その手法も、支援するソーシャル・ベンチャーにデットやエクイティの形で投資したり、あるいは社会的投資シンジケートに参加してストラクチャード・ファイナンスの劣後部分を引き受ける形でその信用保証を行ったりと、多様性を増してきています。
2.「フィランソロピー銀行としての財団」の諸類型
「フィランソロピー銀行としての財団」の活動は多様で、類型化は簡単ではありません。とりあえず、一つの切り口として、社会的投資を行う実施体制から分類してみましょう。
- 単独支援型
財団が単独で社会的投資を行う類型です。通常は、財団が、自分たちの支援している社会的企業に対してローンやエクイティ投資を行うという形が一般的です。ベンチャー・フィランソロピーであれば、資金提供に加えて、経営支援やテクニカル・サポートなどの支援も行います。なお、財団によっては、支援団体への直接投資ではなく、ファンドや社会的投資仲介組織を通じて間接的に投資する場合もあります。 - ハイブリッド支援型
財団が、専門の投資団体を別途設立し、財団自身によるグラントと投資団体を通じた社会的投資を組み合わせて支援する類型です。カルバート財団とインパクト・アセッツの組み合わせや、助成財団と非営利投資会社を一体的に運用しているオミディヤ・ネットワークなどが、これに該当します。 - 共同支援型
財団が金融機関とコンソーシアムを結成し、財団がグラントやミッション関連投資を通じてリスクを引き受け、金融機関からの大規模な資金を引き入れるという類型です。22の財団・金融機関が参加して米国におけるコミュニティ開発支援を行っているリビング・シティズや、多数の財団や政府機関・金融機関が参加してアート・スペースの設置を通じたコミュニティの再活性化を目指すアート・プレイスなどが、これに該当します。
もちろん、これ以外にも様々な類型が存在し、また異なった基準に基づく分類も可能です。たとえば、支援手法別に、ローン、エクイティ、ボンド、ESG投資、信用保証などで分類することも可能です。また、直接、社会的投資に関わるのではなく、社会的投資のエコシステム構築のためにグラントを積極的に活用する財団は、「フィランソロピー銀行としての財団」に分類されなくても、「フィランソロピーのニューフロンティア」において重要な役割を果たしていると言えるでしょう。
3.「フィランソロピー銀行としての財団」が登場した背景
このように助成財団が「フィランソロピー銀行としての財団」として積極的に社会的投資に関わるようになった背景としては、以下の要因が考えられます。
- 財団側の要因
戦略的グラント・メイキングの普及に伴い、財団がよりインパクト志向になった点は重要です。グラントだけではインパクトを達成することが出来ないため、社会的投資に切り替えたり、コンソーシアムを結成して一般金融機関の資金を導入したりするようになったと考えられます。 - 被支援団体側の要因
また、財団の支援対象の変化も重要です。非営利組織が社会的企業化したり、営利企業がソーシャル・ビジネスという形で参入してきた結果、資金需要が変化し、プロジェクト資金ではなく、キャパシティ・ビルディングやスケールアップのための投融資資金を必要とするようになりました。このニーズに応えるために、財団も社会的投資に切り替える必要が出てきたという点も考えられます。 - 環境要因
最後に、社会的投資を支えるエコシステムが整備されてきたという点も見逃せません。社会的投資仲介機関やエンタープライズ・ブローカーが、様々な社会的投資の機会を提供するようになり、財団の選択肢が増えたことは重要なポイントです。また、社会的投資を推進するミッション・インベスターズ・エクスチェンジのような中間支援組織が登場し、財団の社会的投資を積極的に推進している点も重要です。
4.「フィランソロピー銀行としての財団」の課題と展望
では、今後、「フィランソロピー銀行としての財団」は「フィランソロピーのニューフロンティア」において、どのように発展していくのでしょうか。社会的インパクト投資が登場した2000年代の半ばには、「これで20世紀型の助成財団という事業モデルは消滅するだろう」という議論さえ聞かれました。本当にそうでしょうか。
この点を考える上で、第一に重要なことは、財団という法人格には様々な制約があるという点です。国によって制度は異なりますが、財団は、その非営利性と引き替えに、基本財産の保全、事業の公益性確保、利益分配の禁止などの制約を受けます。さらに、米国の場合ですと、財団が一つの組織のエクイティの20%以上を保有してはならないという制限もあります。このため、財団は、一般から資金を集めて投資を行い、その利益を投資家に還元するという投資専門団体になることは出来ません。財団が仮に社会的投資の専門性を追求していっても、最終的には、別途投資専門組織を設立してここを通じて社会的投資を行うというハイブリッド型にとどまるものと思われます。
他方で、社会的投資市場全体を見回した場合、「フィランソロピー銀行としての財団」の役割の重要性はますます高まっています。これは、社会的投資市場への一般金融機関の参入が拡大するにつれ、リスクを軽減するための財団資金がますます必要となってきているためです。共同支援型のようにコンソーシアムを組む場合であれ、社会的投資仲介機関がストラクチャード・ファイナンスを活用して資金を調達する場合であれ、劣後的なトランシェを財団が引き受けることで初めて大規模な資金調達が可能になります。現在、世界各国で注目を集めている社会的インパクト債でも事情は同じで、民間金融機関の投資の前提として、財団の信用保証や劣後債引受が不可欠です。
「フィランソロピー銀行としての財団」の将来は、このように社会的投資を支えるリスクの引き受け手の役割をさらに洗練させていく方向に発展していく可能性が高いと思われます。フォード財団やロックフェラー財団のような大型財団は、大型のコンソーシアムを組織するでしょうし、コミュニティ財団はそれぞれの地域の社会的企業支援のための社会的投資に乗り出すでしょう。中小財団も、移民、マイノリティ、LGBT、シングルマザー、環境など、自分たちのミッションに応じたターゲット層限定のファンドやマイクロファイナンス機関を通じた支援に乗り出すものと思われます。
財団全体として、スケールアップのための社会的投資ツールをより積極的に活用しつつ、単に社会的投資仲介機関が用意した社会的投資商品に資金を出すのではなく、自分たちのミッションに応じて社会的投資ビークルを組成したり、核となるリスク部分の投資を引き受けるという形に進化していく。これが21世紀型の「フィランソロピー銀行としての財団」の方向性ではないでしょうか。
「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)