新たなアクター3 社会的証券取引

フィランソロピーのニューフロンティア」における新たなアクターとして、次に紹介するのは「社会的証券取引(Social Stock Exchange)」です。たぶん、様々なアクターの中でも、この領域がもっとも興味深いものではないでしょうか。

1.「社会的証券取引」とは?

「社会的証券取引」とは、その名が示すとおり、社会的企業や非営利団体などの多様なソーシャル・セクターの担い手が、社会的投資家から資金を調達するためのメカニズムです。通常の証券取引と同様に、想定されているのは認可を受けた証券取引団体による店頭取引と、公設の証券取引所を通じた市場取引です。しかし、ソーシャル・セクターにそのようなことは可能でしょうか。

株式会社と異なり、非営利団体は利益分配が制限されています。また、公益を確保するという観点から、ガバナンスにも制限があります。このため、非営利団体は、基本的に配当や売却を前提とする株式の発行を行うことは出来ません。この結果、非営利団体の場合は、「機関債」を発行して「社会的証券取引」において資金を調達することになります。これは、非営利形態を取る社会的企業も同様です。

これに対し、営利形態を取る社会的企業には、一定の活動制約や報告に関する開示義務が伴うとは言え、株式の発行は可能です。このため、営利の社会的企業は、「株式」を発行して、「社会的証券取引」において資金を調達することになります。

実は、「社会的証券取引」と銘打たなくても、すでにこのような形での資金調達は行われています。株式会社形態を取る社会的企業は存在しますし、また、学校や病院などの非営利組織は、「学校債」や「病院債」などの機関債を発行して資金の調達を行っています。日本の非営利組織の場合は、「私募債」を発行して資金を調達するという事例もあります。さらに、近年は、太陽光発電や風力発電などの事業をコミュニティレベルで立ち上げるために「市民債」を発行するという事例も見られるようになりました。「社会的証券取引」という発想は、こうした様々な事例をより制度化して一つのマーケットとして機能させることが出来ないか、という考えから生まれたものだと言えます。

2.「社会的証券取引」登場の背景

「社会的証券取引」という考え方が登場した背景には、2000年代以降に活発化した社会的投資の流れがあります。既に紹介したように、社会的投資の発展において、もっとも重要な役割を果たしているのが「社会的投資仲介機関」です。これは、社会的投資家と社会的企業の間を仲介する役割を果たしており、彼らの存在により、社会的投資市場における取引費用は低減します。これが、社会的投資マーケットが発展する第一段階です。

「社会的証券取引」の発想は、さらにこれに続く発展段階として、(1)認可を受けた証券取引団体による店頭取引、(2)一定の審査を経て「上場」された社会的企業の情報プラットフォーム、さらに(3)公設の社会的証券取引所における市場取引の実現を目指します。これらを通じて、社会的投資市場の取引費用はさらに低減し、より多くの投資家を惹きつけることで市場規模が拡大することが期待できるからです。

「社会的証券取引」が実現すれば、(1)取引費用の低減、だけでなく、(2)市場メカニズムを通じた資金の効率的な配分、(3)証券取引と同様の流動性の向上、が期待できます。また、社会的企業にとっては、(4)通常の証券取引メカニズムを通じた資金調達が必然的にもたらす「ミッション喪失」リスクの回避、というメリットもあります。

3.「社会的証券取引」の展開

現実に、世界では、すでに「社会的証券取引」の導入に向けた取り組みが進められています。先駆的な事例としては、ブラジルの「社会的・環境的投資取引(BVSA)」や南アフリカの「社会的投資取引(Social Investment Exchange)」などがあります。ただし、これらの先駆的取り組みでは、投資に対する経済的リターンが認められていなかったという限界があります。

これに対し、「社会的証券取引」は投資家に対する経済的リターンの提供を目指します。具体的には、以下のような取り組みが進められています。

  • カナダ・トロント所在のSVXはトロント証券取引所と連携し、オンタリオ州域内の社会的企業と、社会的投資家や投資ファンドとをつなぐプラットフォームを提供。
  • 英国のSSEは、社会的企業に対する独自の審査を行い、これを情報プラットフォームに「上場」させることで、社会的投資家や投資ファンドによる投資を促進。
  • シンガポールのIIX Asiaは、モーリシャス証券取引所内に独自の社会的証券取引メカニズムを導入し、世界で初めて公設の証券取引所における社会的証券取引を開始。
  • ケニヤのKSIXは、アフリカの社会的企業を審査し、この情報をオンライン上に公開してアフリカの社会的投資家の投資を促進。
  • ドイツのNexT SSEも、社会的企業と社会的投資家をつなぐ情報プラットフォームだが、ドイツ連邦金融当局と、現実の社会的証券取引所として認可を受ける可能性を協議中。

4.「社会的証券取引」の課題と展望

では、「社会的証券取引」が今後発展していく上での課題としてどのようなものが考えられるでしょうか。

まず第一に考えられるのは、金融当局の規制の問題です。「社会的証券取引」として特別の枠組みを与えられるとは言え、あくまでも「証券取引」である以上、市場のルールに従う必要があります。「社会的」という名の下で、インサイダー取引や株価操作、詐欺まがいの勧誘などがまかり通ることは決して許されません。どのような規制が現実的かつ実効的なのか、引き続き議論が必要です。

第二の問題は規模です。「社会的証券取引」は、通常の証券取引に比べ、社会的な要素を加味する分、審査や報告が複雑になります。しかし、ソーシャル・セクターを専門とするコンサルティングや会計監査などの層も限られていますし、もちろん、社会的企業内にそのような専門家も育成されていません。「社会的証券取引」は、通常の証券取引に比べてもコストが高くなることは明かですが、これを維持するだけの規模の需要・供給をどのように確保するのかも重要な課題です。

とは言え、社会的インパクト投資の導入により、社会的投資市場の規模は着実に拡大しています。ロックフェラー財団が2007年に開始した社会的インパクト投資イニシアチブのおかげで、多くの財団や公的機関もこの領域に参入してきました。こうしたフィランソロピー資金や公的資金に支えられる形で、今後、社会的証券取引メカニズムも発展していくことが期待されます。

「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)

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