新たなアクター2 流通市場事業者(Secondary Market)

フィランソロピーのニューフロンティア」に登場した新たなアクターとして、次に紹介するのは「流通市場事業者(Secondary Market)」です。

1.流通市場とは?

金融を専門としている方であれば、譲渡性預金(CD)やコマーシャル・ペーパー(CP)、あるいは証券市場における「流通市場」という言葉を日常的に使用していると思います。流通市場は、「発行市場(Primary Market)」と対になる概念で、有価証券を新たに発行する「発行市場」に対し、既に発行された有価証券を売買する市場のことを指します。有価証券の場合であれば、証券取引所で行われる取引所取引と証券会社の店頭で行われる店頭取引が「流通市場」での取引となります。

2.フィランソロピーのニューフロンティアにおける具体例

では、フィランソロピーの世界における「流通市場事業者」とはいったいどのようなものでしょうか。一つの例としては、ハビタット・フォー・ヒューマニティが運営するフレックスCAP(FlexCAP: Flexible Capital Access)プログラムがあります。ハビタットは、低所得者層の住居確保を目指したプログラムを全世界で展開しています。ハビタットの特徴は、低所得者がコミュニティのボランティア支援を最大限活用して住居を建設するよう促進することで、コストを最低限に抑えている点にあります。とは言え、ボランティア労働力を活用しても最低限の建築素材の費用は必要です。ハビタットは、これを低所得者層に対して利子無しのローンを提供することで賄っています。利子無しとは言え、これはローンですから、利用者は返済の義務があります。

各国のハビタット支部は、従来、それぞれ自己資金でこのローン・プログラムの経費を賄ってきました。しかし、自己資金には限界があるため、一定以上のローン・プログラムを組んでしまうと、追加のローンは提供できなくなります。これでは、ハビタットの活動をスケールアップすることが出来ません。そこで考え出されたのが、フレックスCAPプログラムです。

フレックスCAPプログラムとは、ハビタット・インターナショナルが枠組みを提供し、各国のハビタット支部が一定程度の割合のローンをそこにプールするシステムです。その上で、ハビタット・インターナショナルは、このローンのプールを7年物から10年物債(note)として投資家に販売します。リターン率は5%で、抵当保証付きです。この販売で得たキャッシュを、ハビタット・インターナショナルが各国のハビタット支部にローンという形で貸し出します。各ハビタット支部は、この資金を使うことで、追加のローンを提供することが可能になります。

まるで魔法のような話ですが、よく考えてみると、ハビタットが行っていることは、れっきとしたローンであり、低利・長期とは言え、最終的に返済が期待されている以上、こうした流通市場を活用した資金調達は可能です。なぜなら、各国のハビタット支部には、持続的なローン返済という形でのキャッシュ・フローがあるからです。特に、ハビタットの場合は、コミュニティによるボランティアを最大限に活用します。これは、逆に言うと、ローン返済もコミュニティレベルでモニターできるため、ローンの焦げ付き率を最低限に留めることが出来るということを意味します。リスクが低く、安定したキャッシュ・フローが見込めれば、流通市場に投資家は資金を投じます。実際、フレックスCAPプログラムは、1億700万ドルの資金を調達し、新たに3,300件の新規住宅ローンが可能になったと言うことです。

3.流通市場事業者の展開

現在、流通市場を活用した資金調達手法は様々な分野で利用されています。たとえば、米国のセルフ・ヘルプ(Self-Help)は、コミュニティ開発金融機関として、低所得コミュニティの住民に対する住宅ローンや起業ローンの提供、あるいは低所得コミュニティにおける学校建設や開発プロジェクトへの資金提供を行っています。ただ、セルフ・ヘルプだけでは、資金力に限界があるため、セルフ・ヘルプは、政府金融機関であるファニー・メイと組み、CAPプログラムを立ち上げました。これは、セルフ・ヘルプが、低所得者向けの住宅ローン提供者のローンを買い上げ、これをまとめてファニー・メイに売却し、その資金を住宅ローン提供者に還元することで、さらにローンを増やすというメカニズムです。残念ながら、2008年の金融危機でこのプログラムは中断されましたが、39のローン提供者が参加し、51,000件のローン、総額46億ドルの資金が提供されたと言うことです。

流通市場は、このようなコミュニティ開発分野だけにとどまりません。マイクロファイナンスの分野でも、ブルー・オーチャドが、ドイツ銀行と組んで、グローバル民間マイクロファイナンス・コンソーシアム(GDMC: Global Microfinance Consortium)を立ち上げて、同様の試みを行っています。

4.流通市場事業者が登場した背景

では、このような流通市場を活用した事業者が登場した背景は何でしょうか。住居提供、農業開発、基礎教育、保健医療、水資源など、様々な領域で、低所得者や低所得コミュニティを対象としたマイクロファイナンスやソーシャル・ファイナンスが拡大している中で、それぞれの団体は自己資金だけで対応する事業のあり方に限界を感じつつあります。この打開策として、流通市場を活用してさらなるスケールアップを図ろうというのが出発点としてあります。

さらに、流通市場を活用した場合には、(1)一般金融機関や投資家などからの新たな資金の流入、(2)流動性の向上、(3)リスクの分散、(4)対象領域における「マーケット」の構築、というメリットがあることに、様々な団体が気づき始めたということが挙げられます。これに加えて、非営利組織にとっては、流通市場化することで、ローンを財務諸表から外すことが出来、財務上の健全性を強化するというメリットもあります。

もちろん、この点に着目して、フォード財団などの大型財団や、ドイツ銀行などの金融機関の社会貢献部門が、積極的にこの動きを後押しし、必要に応じてファンドや投資を通じた信用補完を行ったことも大きな要因だと言えるでしょう。実際、上記のCAPプログラムを初めとして、米国における多くのプログラムは、フォード財団などの支援により運営されています。また、国際開発協力の分野では、米国の海外民間投資公社(OPIC: Overseas Private Investment Corporation)の支援が大きく貢献しました。

5.流通市場事業者の将来

現在、流通市場の手法として、上記のように個別にローンを卸売りする手法(whole loan sales)だけでなく、シンジケート構築を通じたローン参加や、証券化、債券発行、REIT投資など様々な手法がフィランソロピーのフロンティア領域で試みられています。これは、社会的投資市場が整備されて行くにつれて、より発展していくことが期待されます。

しかし、一方で課題もあります。流通市場が機能するためには、投資マーケットとしての標準化が必要です。また、一般投資家の資金を獲得するためには、大型財団や公的金融機関の信用補完や資金支援が不可欠です。価格を決定するための様々な指標を整備する必要がありますし、社会的成果指標の標準化も不可欠です。なによりも、このような複雑な金融商品を取り扱うことが出来る専門性を持ったスタッフをどのようにソーシャル・セクターにおいて育成していくかという課題があります。最後に、これは社会的投資全般に言えることですが、民間投資家の参加が増加すればするほど、本来のミッションから逸脱して利益確保に走ってしまうというリスクをどのようにコントロールするかという永遠の課題も忘れてはなりません。

とは言え、流通市場の活用は、資本規模が小さく、株式を通じた資金調達が制限されている非営利セクターが、事業のスケールアップを図る上では非常に有効なツールです。これは、先駆的な成功事例が証明しています。流通市場事業者は、フィランソロピーのニューフロンティアにおける重要なアクターの一つだと言っていいでしょう。

「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)

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