「フィランソロピーのニューフロンティア」には、伝統的フィランソロピーにおいて見られなかったような新たなアクターが登場し、重要な役割を果たしています。これから、幾つかの主要アクターについて紹介していきたいと思います。なお、特に断らない限り、この論考はレスター・サラモン編「フィランソロピーのニューフロンティア」の内容に基づくことをお断りしておきます。
1.社会的投資仲介機関(Capital Aggregators)とは?
まず初めに紹介するのは、社会的投資において必須とも言える「社会的投資仲介機関」です。彼らは、投資家や投資機関から資金を調達し、この資金を必要としている社会的企業、非営利組織、個人・世帯などにその資金を配分するという役割を果たしています。まさに、社会的投資家と社会的企業の「資金仲介団体」だと言っていいでしょう。その形態や機能は本当に多様で、簡単に一般化できないのですが、日本でも比較的知られている具体例としては、途上国向けのイノベーションに投資するアキュメン・ファンドやアービシュカール、あるいは米国でマイクロファイナンスを行っている米国グラミン銀行などが挙げられます。
2.社会的投資仲介機関が登場した背景
最初に、このような社会的投資仲介機関が登場した背景についてみてみましょう。これを考えるには、社会的投資市場に固有な特性をまず考える必要があります。
一般的な投資市場の場合、公設の証券取引所が存在し、また企業の情報も客観的なインデックスに基づいて開示されています。このように投資先の情報が標準化され、制度的にアクセスが可能なため、投資家が優良な投資先案件を探すのはそれほど難しくありません。また、投資家への報告も標準化されており、証券取引所や証券会社がきちんとフォローしてくれるので投資案件のモニタリングも可能です。何よりも、一般の投資市場の場合、投資の指標は、様々な要因があるとは言え、経済的リターンのみで判断できます。
これに対し、社会的投資の場合は、話はそれほど簡単ではありません。制度化された証券取引所もなければ標準化されたインデックスもないため、投資家が優良な社会的企業を見つけたいと思っても、膨大な時間と労力がかかります。また、一般に社会的企業の規模は小さいため、投資家への報告をきちんと行うだけのキャパシティはありません。なによりも問題なのは、社会的投資の場合、社会的リターンも考えなければなりませんが、これを客観的に測定する標準化されたインデックスはまだ確立されていないというのが現状です。
要するに、社会的投資市場においては、社会的投資家と社会的企業が適切なパートナーを見つけ出すことが極めて困難な市場だと言うことです。別の言い方をすれば、「取引コストが高い」市場だということです。これでは、市場は円滑に機能しないので、取引コストを下げる努力が必要となります。このニーズに応えるために登場したのが、社会的投資仲介機関になります。
3.社会的投資仲介機関の役割
では、具体的に、社会的投資仲介機関はどのような役割を果たしているのでしょうか。現在の社会的投資の状況はまだ混沌としていて多様なアクターがそれぞれ未開拓の領域を切り開いているというのが現状です。このため、一般化は難しいのですが、最低限、以下の役割を果たしていると言うことは出来るでしょう。
- 社会的投資家向け
- 適切な投資案件の紹介
- 投資案件に関するデュー・ディリジェンス(社会的リターンを含む)
- 投資家のリスク選好に応じたストラクチャード・ファイナンスの組成
- 投資資金の調達
- 投資リターンの提供
- 投資案件のモニタリング・報告
- 社会的企業向け
- 投資家向けに標準化された社会的企業情報の作成支援
- 投資家の紹介
- 投資資金の分配
- 必要に応じ、投資案件に対するテクニカル・サポートや社会的企業に対するキャパシティ・ビルディング支援
- 投資リターンの回収
- 投資家向けの案件報告作成支援
4.社会的投資仲介機関の諸類型
社会的投資仲介機関は、極めて多様です。法人形態としては、営利のものもあれば非営利のものもあります。また、コミュニティ開発金融機関、NPOバンク、信用組合、特別ファンド、市民バンクなどの多様な形態を取っています。ノンバンクの形態を取るものもあれば、正規の金融機関として活動しているものもあります。資金調達先も、財団や篤志家のようなフィランソロピー資金をターゲットにするものもあれば、一般の金融機関や投資家をターゲットにするものもあります。
このように多様な状況の中で、類型化はとても困難なのですが、「フィランソロピーのニューフロンティア」では、一つの試みとして、取り扱うアセットクラスと組織形態を基準に以下のような類型化を試みています。もちろん、これ以外にも様々な類型化や理論化の試みがなされています。
- グラント型
- ベンチャー・フィランソロピー(主に社会的企業対象)
- ローン型
- マイクロ・レンダーズ(貧困地域のマイクロエンタープライズや貸金業者対象)
- ローン基金(低所得者向け住居支援組織、NPO対象)
- ボンド基金(コミュニティの不動産プロジェクト対象)
- 被保険預金型
- 銀行(中小企業やNPO対象)
- 信用組合(貧困世帯やマイクロエンタープライズ対象)
- プライベート・エクイティ型
- ベンチャー・キャピタル(ベンチャー企業対象)
- グロース基金(グロース段階に達したベンチャー企業対象)
- バイアウト基金(一定の成長段階に達したベンチャー企業対象)
- 不動産型
- コモディティ基金(不動産やコモディティ対象)
5.社会的投資仲介機関の具体例
社会的投資仲介機関の代表的な例は、米国で1970年代から発展してきたコミュニティ開発金融機関(CDFIs: Community Development Financial Institutions)です。これは、米国の貧困コミュニティにおいて、一般ローン、住宅ローン、自動車ローン、教育ローンなどの様々な金融サービスにアクセスできない貧困層に類似のサービスを提供したり、彼らの起業を支援するマイクロファイナンス機関、あるいは貧困コミュニティ開発のために様々な事業を行うコミュニティ団体に対して資金を提供する各種地域金融機関(市民バンク、信用組合、投資家ネットワーク等)などです。
通常、このような貧困コミュニティを対象とした場合、一般金融機関は、「貸し倒れリスクが高い」、「一件あたりの貸し出し額が小さく利益率が低い」、「審査・貸付・回収のコストが高い」、「人種的・社会的偏見」などの理由で資金を提供しようとしません。しかし、資金がなければ、もちろん、貧困世帯も貧困コミュニティも現状から脱却することは困難です。そこで、一般金融機関や助成財団、あるいは社会的投資家から資金を調達し、この資金を使ってこのような貧困世帯や彼らが立ち上げたマイクロエンタープライズに貸付を行うコミュニティ開発金融機関が登場したわけです。
現在、アメリカ政府は、コミュニティ開発金融機関基金(CDFI Fund)を設立してコミュニティ開発金融機関の活動を支援しています。また、これ以外にも、コミュニティ再投資法(CRA: Community Reinvestment Act)により一般金融機関が貧困コミュニティに資金を提供することを義務づけたり、様々な税の減免を通じてコミュニティ開発金融機関への民間投資を促すことで、コミュニティ開発金融機関の発展を支えています。こうした努力の結果、2014年度時点で、コミュニティ開発金融機関数は926(うち73機関はネイティブ・アメリカンのための専門機関)の規模にまで成長しました。ローン・投資は28,117件で総額27.6億ドルに達しています。ローン・投資の内訳は、マイクロエンタープライズの事業資金、貧困層の消費者金融や住宅ローン、その他不動産などです。
もちろん、社会的投資仲介機関は、コミュニティ開発金融機関だけにとどまりません。アキュメン・ファンドのようにグローバルな投資先を見つけ出してくるところもあります。また、ACCION Internationalのようにグローバルなマイクロファイナンス機関に特化した機関もあります。社会的投資市場の発展の鍵を握るのは、こうした社会的投資仲介機関がいかに優良な投資先を見つけ出し、ビジネス・ベースで投資家の資金を惹きつけることが出来るかにかかっていると言っても過言ではありません。
「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)