新たなアクター8 企業設立慈善基金

フィランソロピーのニューフロンティア」において、90年代以降、急速に拡大しているアクターとして、「企業設立慈善基金(Corporate-originated Charitable Funds)」があります。

1.「企業設立慈善基金」とは何か?

「企業設立慈善基金」とは、フィデリティやバンガード、シュワッブなどの大手金融機関が設立した慈善基金で、「ドナー・アドバイズド・ファンド」を中心に寄付資金を募集する仕組みです。

「ドナー・アドバイズド・ファンド」というのは、米国における寄附金メカニズムの一つで、寄附者が特定の慈善基金に自分の口座を開設し、そこに寄付をするのですが、寄附者は、その寄附金の運用、寄付先の選定、寄附金額、寄付のタイミングについて決定することが出来るというものです(厳密に言うと、「寄附者のアドバイスに基づいて、基金が決定する」という形式を取ります)。一般的な寄付では、一度寄付してしまうと、寄附金の使途は寄付先の財団や非営利組織が決定するために寄附者の意向が反映されないのに対し、「ドナー・アドバイズド・ファンド」では、寄付者の意向が寄付先の決定やタイミングにまで反映されるため、アメリカ人のように、寄付を「投資」の一環として捉える国民性に合っていると言われています。

この「ドナー・アドバイズド・ファンド」という仕組みは、20世紀初頭から、コミュニティ財団などで広く使われていました。これが、1990年代に入り、フィデリティやバンガード、シュワッブなどの大手金融機関の参入が承認されたため、「企業設立慈善基金」が大きく発展することになりました。2009年のデータでは、フィデリティが38.3億ドル、シュワッブが18.3億ドル、バンガードが17.9億ドルと非常に大規模の資金を運用するに至っています。

なお、「企業設立慈善基金」は企業が設立した「企業財団」とは異なる概念だという点に注意する必要があります。「企業財団」は、ある企業が資金を出して設立した財団で、資金源は親企業になります。これに対して、「企業設立慈善基金」における資金源は、この基金に口座を開設する寄附者です。一般に企業財団が私的財団であるのに対し、「企業設立慈善基金」はパブリック・チャリティに分類されます。

2.「企業設立慈善基金」の諸類型

「企業設立慈善基金」は、前述のドナー・アドバイズド・ファンドを中心としますが、これ以外にも、様々な金融ツールを提供しています。具体的には以下の通りです。

  • Charitable remainder unitrusts (CRUTs)とCharitable remainder annuity trusts (CRATs)
    寄附者が、企業設立慈善基金に口座を開設して寄付を行った後に、その寄附金の一部を年金のような形で受け取ることが出来る仕組みです。寄附者の死後は、残額が指定の非営利組織に寄付されます。寄附者は、寄付時点で寄附控除を受けることが出来、さらにそこから年金を受け取ることが出来るというメリットがあります。
  • Charitable lead trusts
    寄附者が、企業設立慈善基金に口座を開設して寄付を行った後に、寄附者が生きている限り、毎年、一定額を特定の非営利組織に寄付していく仕組みです。寄附者が死亡すると、残額は、寄附者の親族等、指定された受取人が受け取ります。こちらも、寄付の際に税控除を受けているため、相続税が免除されます。

現在、主要な「企業設立慈善基金」としては、Fidelity CharitableSchwab CharitableVanguard CharitableMorgan Stanley GiftBank of America Charitable Gift Fundなどがあります。また、民間非営利団体としてドナー・アドバイズド・ファンドを中心に活動を行い、毎年、独自の調査報告を発表するなど広範な活動を行っているNational Philanthropic Trustも有名です。

3.「企業設立慈善基金」発展の背景

企業設立慈善基金は、90年代以降、急速に発展しました。その理由は幾つか考えられます。

まず第一に、企業設立慈善基金は、寄付という形を取っていますが、寄付後も自分の意思で運用した上で寄付先を指定することが出来、さらに年金や相続にも使うことが出来るため、税金対策のための金融商品のような色彩を帯びています。これが、「企業設立慈善基金」の最大の魅力となります。

もう一つの理由は、ドナー・アドバイズド・ファンドという仕組みが持つ利便性です。ドナー・アドバイズド・ファンド以前には、フィランソロピー活動を行うために自分の財団を設立するか、あるいは自分が選んだチャリティ団体に対して寄付をするかのどちらかの選択肢しかありませんでした。

しかし、財団の設立は手間がかかりますし、設立した後の人件費や運営費などの管理的コストが発生します。さらに、財団の場合、法的な制約もあります。これに対し、ドナー・アドバイズド・ファンドであれば、口座を開設するのと同じ感覚でフィランソロピー活動を開始することが出来るというメリットがあります。また、管理費も、財団設立に比べればはるかに低く設定されています。

また、チャリティ団体への寄付の場合は、大規模な特定寄付を行わない限り、寄付した後の寄附金の使途はチャリティ団体が決定します。寄附者は口を挟むことが出来ません。これに対して、ドナー・アドバイズド・ファンドであれば、寄付をした後も、寄附者は、運用や寄付先の決定に関わることが出来ます。また、企業設立慈善基金の場合、寄付先のデュー・ディリジェンスや寄附に関する税務報告などを代わりにやってくれるため、手間も最低限となります。さらに、寄付先を選定するためのオンライン・データベースも充実しており、簡単に自分の意向に沿った寄付先を探し出すことが可能になります。

こうしたユニークな特質のために、企業設立慈善基金は急速に拡大しました。

4.「企業設立慈善基金」の課題と展望

企業設立慈善基金は、財団設立やチャリティへの大型寄付と異なる第三の可能性を開き、米国全体の寄付市場拡大に貢献した点で評価できます。他方、今までドナー・アドバイズド・ファンドを通じて資金を調達してきたコミュニティ財団にとっては、企業設立慈善基金は強力なライバルが出現することになります。また、助成財団にとっても、今まで「家族財団」という形で設立されてきた中小規模の財団が、ドナー・アドバイズド・ファンドへと移行する可能性があります。今のところ、コミュニティ財団の資金調達が減少したという明確なデータは現れていませんが、家族財団の設立件数の増加率は減少しています。

では、企業設立慈善基金とコミュニティ財団や助成財団との棲み分けは可能でしょうか。今までの説明から明らかなとおり、「企業設立慈善基金」とは、個人が、自分の裁量で寄付を行える点に最大のメリットがあります。「企業設立慈善基金」自身は、データベースや各種サポートサービスを提供するだけです。これに対し、コミュニティ財団や助成財団の最大の特質は、プログラム・オフィサーという専門家を持ち、積極的に課題解決に向けた活動を行える点にあります。こうした専門的な活動がもたらすインパクトをきちんと発信することが出来れば、コミュニティ財団や助成財団は、引き続き寄附者の関心を確保し続けることが出来るでしょう。

逆に、企業設立慈善基金は、ドナー・アドバイズド・ファンドや、これ以外の年金型のサービスのみならず、今後は、社会的インパクト投資商品などの開発を行っていくことにより、さらに新たな寄附者層を開拓していくことが出来ると思われます。このようにして、寄付市場と社会的インパクト投資市場がウィン・ウィンの形で拡大を続けていくことが、今後の望ましい発展のあり方だと思われます。

「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)

210648