グローバル・フィランソロピーのための人材育成:Global Grantmaking Instituteの試み

21世紀のフィランソロピーの動向の一つは、グローバル化に向けた取り組みが急速に進展したことです。米国財団評議会(Council on Foundations)と欧州財団センター(European Foundation Center)が中心となって立ち上げたGlobal Philanthropy Programが、その代表例ですが、これ以外にも、クリントン元大統領のClinton Global Iniativeや、北カリフォルニア国際問題評議会のGlobal Philanthropy Forum、Synergos財団のGlobal Philanthropists Circleなど、様々な団体が、グローバル・フィランソロピーのネットワーク形成に取り組んでいます。ビル・ゲーツが進めているThe Giving Pledgeも、この中に含めて良いでしょう。

これらのプロジェクトは、国際的に活動しているフィランソロピストや財団が一堂に会し、情報交換を通じて国際社会が直面している課題を共有し、これに対して協力して解決に取り組むためのネットワーク形成を目的としています。そこでは、最先端のベスト・プラクティスが共有され、フィランソロピーセクターが今後進んでいくべき方向性について、真剣な議論がなされています。こうしたネットワーク化の背景にあるのは、現代の国際社会が抱えている諸問題に対処していくためには、既存のフィランソロピーのリソースだけでは不十分であり、協働と戦略形成を基礎にした、よりハイレベルの取り組みが必要とされているという危機意識があることは言うまでもありません。

以上のようなグローバル・フィランソロピーの課題の一つとして、いかに幅広い財団やフィランソロピストを、こうしたグローバル・フィランソロピーに取り込んでいくか、というものがあります。グローバル化が進展している今日、小規模な財団であっても、フォーカスをきちんと設定すれば、グローバルな課題において、インパクトのあるプロジェクトを展開することが可能です。また、このような方向に財団セクターを導いていくことは、多様化し、複雑化する今日のグローバルな課題解決の担い手の裾野拡大という点からも重要です。

このような問題意識に基づき、米国財団評議会は、グローバル・グラントメイキング・インスティチュートを近年開催し続けています。これは、グローバルなグラント・メイキングに関心を持つ財団・フィランソロピストを対象とした2日間のトレーニング・プログラムです。参加者は、朝7時30分から夕方5時まで、ぎっしりと詰まったプログラムに参加し、グローバル・フィランソロピーの基本的なコンセプトから、実務的に必要な知識までを学ぶことが出来ます。先日、ワシントンDCで開催されたプログラムに参加してきましたので、その概要をお伝えしたいと思います。

1.「たちの悪い問題(Wicked Problems)」へのアプローチ

現在の国際社会が抱える問題は、どのようなものであり、それは、従来、我々が直面してきた問題とどのように異なるのでしょうか。ワークショップは、このような根源的な問題提起から出発します。この点を考える上で、オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールが提案している「問題の3類型」が重要な手がかりを与えてくれます。それは以下のようなものです。

  • 緊急に解決すべき問題(Critical Problems)
    災害支援や紛争時の人道支援など、緊急に取り組むべき問題
  • 制御可能な問題(Tame Problems)
    先進国における社会福祉・医療問題や雇用問題など、 ある程度、過去の経験を適用することで解決が可能な問題
  • たちの悪い問題(Wicked Problems)
    人間の安全保障に関わる諸問題や地球温暖化問題など、過去の経験を適用できず、問題解決のためには社会システム全体の革新を必要とする問題

グローバル・フィランソロピーを展開するに当たり、財団やフィランソロピストが留意すべき点は、一部の緊急災害支援を除けば、現在、グローバル・コミュニティが抱えている問題の大半は、最後の「たちの悪い問題」であるという点です。 ここでは、緊急支援を行えばそれでよいとする「慈善(Charity)」の発想や、公的機関や専門家が提示する処方に従えばそれでよいとする「科学的思考に基づく経営(Management as a Science)」という発想で対処することは出来ません。こうした問題の解決のためには、従来とは異なる発想、リーダーシップ、そして解決のためのアプローチが必要とされます。では、それは具体的にどのようなものなのでしょうか。

2.「思慮深い解決法(Deliberate Solution)」

「たちの悪い問題」に取り組むには、従来のような「スマートな解決法」は通用しません。なぜなら、「たちの悪い問題」はシステム全体に関わる問題であり、ある問題だけを取り上げてその因果関係を分析し、専門家のコンサルティングを経て、解決法を適用するという方法では解決できないからです。

例えば、開発途上国における女性の教育の問題を取り上げてみましょう。70年代以降、「開発における女性(Woman in Development)」の問題は、開発支援における重要な問題として多くの国際機関が解決に取り組んできました。しかし、この問題は、例えば、学校を建設したり、意識啓発事業を行ったり、あるいは奨学金を出したりという手法だけでは解決できません。なぜなら、この問題は、開発途上国における女性の社会的地位の問題を抜きにして論ずることが出来ないからです。おそらく、今、あげたようなプロジェクトを実際に実施しようとすると、様々な障害に突き当たるでしょう。イスラム社会のような男性中心の社会であれば、女性が教育を受けることに対する反発は確実に起きます。タリバンが実効支配している地域であれば、学校自身が襲撃される危険性が十分にあります。それだけではありません。女性は家族にとって重要な稼ぎ手であり、労働力です。毎日の水くみ(場合により、井戸への往復だけで数時間を要します。)、家畜の世話、農作業などが期待される女性にとって、その時間を学校に割くと言うことは、家計全体の収入低下につながる恐れがあります。また、そもそも、教育を受けたとしても、その投資に見合う就職先がなければ、女性達の学校に行くというモチベーションを維持することは出来ません。このように、コミュニティ、世帯、個人のそれぞれの領域において、様々な潜在的問題が潜んでおり、単純に「女性の教育」の問題だけに限定してこの解決策を追究することが困難だというところに、「たちの悪い問題」の特徴があります。

では、このような「たちの悪い問題」に取り組むにはどうすれば良いでしょうか。このためには、従来のように、短期間で客観的な成果を挙げる「的確な解決方法(Elegant Solution)」では十分ではありません。なぜなら、往々にして、「的確な解決方法」は、問題のある一面のみを取り出して部分的な解決を図り、しかも、ドナーは、プロジェクトの終了とともに、コミュニティから手を引いてしまうからです。それは、「たちの悪い問題」の解決にはつながりません。

この代案として提示されるのが、「思慮深い解決法」です。そこでは、性急に問題解決の道筋を設定し、それに向かってアクションを起こすというアプローチの代わりに、様々なアクターとの恊働、コミュニティ自身が問題解決に取り組むように誘導すること、失敗を受け入れる率直さ、従来の思考にとらわれない勇気と創造性に基づくアプローチが求められます。例えば、上で取り上げた女性の教育の問題を例にすると、学校建設や奨学金支給の前に、まずコミュニティ・リーダーとの調整や、女性が学校に通うことの妨げになっている問題の分析から始めることが求められます。その上で、例えば、コミュニティに井戸を提供する団体との恊働プロジェクトを立ち上げたり、コミュニティをベースにした啓発プログラムを開発するなどの試みが求められることになります。もちろん、その過程で様々な新たな問題が発生するはずですが、「思慮深い解決法」のアプローチでは、それを無視したり、あるいは失敗事例として切り捨てたりするのではなく、多様なステイク・ホルダーとの対話を通じて、その失敗を乗り越えていくことが求められます。もちろん財団はいつかは支援から手を引くことになります。その後に、プロジェクトが持続的に発展していくことが出来るような仕組みを作るというExit Strategyが必要なことは言うまでもありません。

3「不器用なリーダーシップ(Clumsy Leadership)」

このような「思慮深い解決法」を導いていくためには、従来のような「賢明なリーダーシップ(Smart Leadership)」ではない、「不器用なリーダーシップ」が必要とされます。このリーダーシップに求められているのは、何か問題が生じたときに、すぐにそれに反応して解決法を提示し、チームを一つの目標に引っ張っていくというタイプのものではありません。むしろ、注意深くプロジェクトを観察して問題の所在を把握し、スタッフやステイク・ホルダーの意見に静かに耳を傾け、チームやコミュニティが自ら問題解決の方向に進んでいけるように導いていくタイプのリーダーシップです。それは、一見すると、不効率で、曖昧なものに見えるかもしれません。しかし、「たちの悪い問題」に対処するには、忍耐強く調整を重ね、プロセスを重んじるという「不器用なリーダーシップ」の方が適しているのです。

もちろん、この「不器用なリーダーシップ」は、ただ受け身に徹している訳ではありません。時には、「積極的な逸脱(Positive Deviance)」を通じて、従来の発想とは異なるアプローチに進んで身を投じ、革新的な方法を模索するということも含まれます。失敗を恐れない率直さがあって初めて、真に創造的な方法が開発されるのです。

4.グローバル・グラント・メイキングに向けて

しかし、このように手間も暇もかかるアプローチを、中小の財団が実際に採用することが出来るのでしょうか。ロックフェラー財団やフォード財団のように、潤沢な資金を持ち、専門性を持ったプログラム・オフィサーを多数擁する大型財団と異なり、中小の財団には、動員できるリソースという点で限界があります。手間をかけるということは、それだけ管理コストがかかるということであり、中小の財団であればあるほど、そのようなアプローチをとることがためらわれるのではないでしょうか。

これに対する回答が、「グローバル・ネットワークへの参加」と「恊働」です。グローバルな課題については、多様な国際機関が問題解決に取り組んでいます。彼らは、フィランソロピーとの恊働の機会を求めています。例えば、国際機関が開催する情報交換セッションに参加し、恊働を模索するというのが一つのアイディアでしょう。これ以外に、現在、米国には、多様なファンダーズ・ネットワークがイシューごとに組織されています。女性、環境、貧困、教育・・・・などのファンダーズ・ネットワークに参加して、お互いの情報を交換し、時に協働すれば、中小の財団であっても、自らのミッションに適合し、かつインパクトのある支援を行うことが出来ます。最後に、米国内で組織されている中間団体や、現地で発展しつつある中間団体との恊働というオプションもあります。高い専門性と幅広いネットワークを持つ中間団体と協力すれば、中小財団であっても、自分たちのミッションに即したプロジェクトを開発することが出来るでしょう。すべてを自前で行おうとするのではなく、ネットワークのパワーを最大限に利用することで問題解決を図るという姿勢が求められます。

5.終わりに

以上、駆け足で、概要を見てきました。この短いブログでは、とても2日間のプログラムのすべてを紹介することは出来ません。詳しくは、アジェンダを見ていただければと思いますが、 プログラムには、上で紹介した以外にも、災害支援、人間の安全保障アプローチ、インパクト評価などのトピックが取り上げられています。ご関心がある方は、米国財団協議会が、グローバル・フィランソロピー・プロジェクトの一環として立ち上げた情報サイトUS International Grantmakingに様々な資料が掲載されていますのでご覧になると良いと思います。

最後に、2日間のプログラムに参加した個人的な感想を少しだけ書いておきたいと思います。

一つは、「不器用なリーダーシップ」というコンセプトについて。この話を聞きながら、私は、「これって、日本の伝統的なリーダーシップ概念に近いよな。」と考えていました。日本人の最良のリーダー像の一つは、注意深く人の意見に耳を傾け、チーム全体のコンセンサスを重んじ、最終的な決断は自分のリスクのもとに行う、というものでした。これは、欧米のトップダウン型のリーダーシップから見ると物足りないものだったかもしれません。しかし、その欧米において、まさに日本が伝統的に培ってきたリーダー像が再評価されているということを、私たちは念頭に置いておいて良いと思います。開発問題への丁寧なアプローチも含めて、日本にはまだまだ誇るべきものがたくさんあります。それは、もちろん、私たち自身の手で国際社会に向けて発信していく必要があるでしょう。

もう一つは、参加者たちのコミュニティについてです。今回のワークショップの参加者は本当に多様でした。ロックフェラー財団に新しく参加したディレクターがいる一方で、地方の家族財団の事務局長やコミュニティ財団のプログラム・オフィサーも参加しています。また、グローバル・ギビングのような、新たなアプローチを始めた団体のマネージャーも参加しています。しかし、このような多様性にもかかわらず、ワークショップで実際に少人数グループに分かれてディスカッションやタスクを開始すると、議論がどんどん熱気を帯びてくることです。それぞれ、プロフェッショナルとしてのキャリアに基づいて、斬新なアイディアや鋭いコメントが次々と飛び出し、本当に知的刺激に満ちたプログラムでした。バックグランドは本当に多様ですが、グローバルな課題の解決に向けて何かしたい、という情熱とコミットメントを共有しているからこその一体感がそこにあったような気がします。

実は、このグローバル・グラントメイキング・インスティチュートは、米国のみならず、世界各地で開催されています。ディレクターのジョン・ハーベイによると、既に東欧や中国で開催したそうです。また韓国のアサン財団が、このプログラムに関心を示しているとのことです。参加者は、米国財団協議会がLinkedInを通じて提供するネットワークに入ることで、お互いの情報交換を継続することが出来ます。このプログラムが仮に10年続いたとすれば、そのコミュニティは、影響力を持ったものになるでしょう。人材育成という観点のみならず、グローバル・フィランソロピーに関する専門性の向上とコミュニティ形成という点からも、とても貴重なプロジェクトだと思います。

残念ながら、現在の日本の財団セクターには、このようなトレーニング・プログラムがありません。国際社会における日本の経済的なプレゼンスを考えると、日本のフィランソロピーは、より積極的に、このようなグローバル・フィランソロピー・ネットワークに参加していくことが求められていると思います。ぜひ日本の財団関係者も、このインスティチュートに参加したり、あるいは日本での開催を企画していただければと思います。

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「たちの悪い問題」とは何か、この問題を解決するために、社会企業的なアプローチと社会的デザイン思考が いかに有効かを論じたペーパーが出版されています。オンライン上で、読めますので、ご関心がある方は覗いてみてください。
https://www.wickedproblems.com/read.php

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「積極的な逸脱(Positive Deviance)」をキーワードに、様々な課題解決に取り組んでいる組織があります。その名も、まさに「Positive Deviance」。積極的な逸脱のためのマニュアルから、実際のケーススタディまで、様々なリソースも入手できます。ご関心のある方は、ウェブサイトを覗いてみてください。
http://www.positivedeviance.org/index.html