ホワイトハウスの「フィランソロピーにおけるイノベーション」フォーラム

米国フィランソロピー業界では、今、9月20日にホワイトハウスで開催された「フィランソロピーにおけるイノベーション」フォーラムがちょっとした話題になっています。米国を代表するフィランソロピスト、財団、NPOの代表者150名が参加した1日のフォーラムなのですが、ホワイトハウスは、マスコミの取材を禁じた上に、会議開催後も概要等に関するプレス・リリースを全く出していないからです。その内容は、ヴェールに包まれており、フィランソロピー関係者は、様々な憶測を出しています。フォーラムで、どのような議論がなされたのでしょうか、また、オバマ政権は、このフォーラムを通じて、どのような形で、今後、フィランソロピーを方向づけようとしているのでしょうか。クロニクル・オブ・フィランソロピー誌の記事などを手がかりに概観してみることにしましょう。

「フィランソロピーにおけるイノベーション」フォーラム概要

クロニクル・オブ・フィランソロピーの9月21日付のブログ記事によると、フォーラムの基調講演は、Case Foundationの最高経営責任者、Jean Case氏が行ったようです。Case氏は基調講演で「社会インパクト投資」の重要性を強調し、より多くのフィランソロピストや財団が、従来型のグラントから、社会的インパクト投資に、より多くの資金を投じるよう呼びかけたとのことです。また、多くの財団の参加を確保するためには、社会的投資をモニターし、その成果を評価するための統一的な基準を策定することが重要だと主張したとのことです。

その後、現在、米国フィランソロピー界でなされている革新的な取り組みについての報告がありました。その全容はわかりませんが、クロニクル・オブ・フィランソロピーの記事は、代表例として、以下を紹介しています。

  • シカゴの非営利団体Benevolentによる「クラウド・ファンディング」
    Benevolentが提供するオンライン・ギビング・サイトに、個人が支援を求める記事を掲載し、一般の人達からの少額寄附を募るというプロジェクト。このシステムのユニークなところは、単純に、その個人に寄付を渡すのではなく、その個人と関係があり、かつ支援内容を提供することが出来るNPOが少額寄付を受け取り、一定額が集まったら、その個人を実際にサポートする、というシステムを取っている点です。NPOは、プロジェクト実施後、支援者に対してレポートを送ります。これにより、少額寄附の実効性が担保されることになります。
  • クリーブランド財団によるエバーグリーン協同組合プロジェクト
    クリーブランド財団は、米国で最初に設立された歴史のあるコミュニティ財団です。同財団が、クリーブランド市庁、地元大学の協力を得て、貧困地域にエコロジカルなワーカーズ・コーポラティブを設立するというプロジェクトです。具体的なビジネスの内容は、大学病院が使用するシーツを洗濯するローンドリー・ビジネス、太陽光発電パネル設置ビジネス、そして温室での野菜栽培ビジネスです。これらはすべて環境に配慮した最先端の技術を用いています。同時に、貧困地域の失業者を主に雇用の対象とすることにより、失業対策と社会的包摂を目指しています。コミュニティ財団が、従来型のチャリティから、よりビジネスを指向した社会的インパクト投資へと重点を移した良い例と言えるでしょう。

オバマ政権のフィランソロピーセクターに対する政策

では、オバマ政権は、このフォーラムを通じて、米国のフィランソロピーをどのように方向付けようとしているのでしょうか。これを考えるためには、オバマ政権が、発足以来、フィランソロピー界に対して、どのように接してきたかを見る必要があります。

1.市民ボランティアの促進

オバマ大統領は、キャンペーン時代から、「米国の再生には、市民のボランティア参加やコミュニティ活動が不可欠だ」と言うことを繰り返し強調していました。彼がキャンペーン期間中に発表した著書「Change We Can Believe In」では、彼が大統領に選出された際の公約の一つとして「市民によるボランティア・サービスの拡大」を掲げていました。オバマが大統領に就任した際、アメリ・コープスと言うボランティア推進団体(日本の社会福祉協議会のボランティア・市民活動センターに該当するでしょうか?)への連邦予算を大幅に増額したのは、この公約に基づいています。

2.寄附税制の見直し

他方、オバマ政権は、フィランソロピーに対しては、必ずしも友好的ではありませんでした。まだ実現していませんが、高額所得者向けの寄附控除について、その限度額を引き上げることをかねてから主張しています。もちろん、これは、ブッシュ政権時代に優遇された高額所得者向け税制優遇措置を元に戻し、その代わりに中間層の減税を行おうという、政権の税制改革方針の一環として提案されたものであり、必ずしも、フィランソロピーを狙い撃ちしたものではありません。しかし、フィランソロピー業界にとっては、結果的に、高額所得者からの寄付金収入が減ることになります。このため、フィランソロピー関係者は、このオバマ政権の方針に猛反発しており、米国財団協議会は、この方針を撤回させるためのロビー活動を活発に展開しています。これに対し、オバマ政権は、「税金であれば、支援を必要としているコミュニティに資金を提供することが出来る。しかし、フィランソロピーに流れた場合、誰が、その資金の行く末を決定するのか」という形で反論しています。
(少し本題から外れてしまいますが、この「税金か、寄附か」という議論は、簡単には解決できないけれども、重要な論点だと思います。)

3.フィランソロピーと政府との新たな協働形態の模索

しかし、オバマ政権は、必ずしもフィランソロピーと敵対的な関係を続けているわけではありません。例えば、これも政権公約の一つとして掲げ、共和党の反対を押し切って開始した「社会変革基金(Social Innovation Fund)」は、コミュニティを基盤としたNPOモデル事業に一件あたり約200万ドルという巨額の支援を行うことで、革新的な取り組みのスケールアップを促進しようというプロジェクトです。このプロジェクトは、原則として、財団、フィランソロピストや社会的投資機関からのマッチング・ファンドが必要とされます。この意味において、オバマ政権は、米国フィランソロピーと政府との新たな協働を模索していると言えるでしょう。

これは、オバマ政権が、2012年から「社会的インパクト債権(Social Impact Bond)」を促進するために立ち上げた、「成功報酬債権(Pay for Success Bonds)」についても当てはまります。このプログラムにより、労働省が、主に貧困地域における雇用促進のモデル事業への支援を開始しましたが、基本的に、この債権の購入者は、財団や社会的投資機関が想定されています。政府は、プロジェクトが成功すれば、その成果を投資家に還元しますが、失敗すれば、リスクは投資家が負うことになります。ここでもまた、オバマ政権は、フィランソロピーセクターとの新たな協働の形を、模索していると言えるでしょう。

4.「プログラム関連投資(Program Related Investment)」の規制緩和

最後に、もう一つの手がかりを見ておきましょう。今年の5月、オバマ政権は、財団の投資に関する新たなルールを提唱しました。その内容は、現在、財団の「プログラム関連投資(Program Related Investment)」に課せられている規制を緩和し、財団の投資をより促進しようというものです。米国の民間財団は、法律により、総資産の5%以上を、毎年、事業費として使用しなければならないというルールがあります。低金利時代に、このルールはかなり厳しく、民間財団はこれを守るために苦労しています。但し、「低利・長期で、公益的な目的に資する事業に対する投資であれば、これを事業費に使用したと見なす」、という例外規定があります。この例外規定を使って行われる投資が「プログラム関連投資」です。財団は、このプログラム関連投資の枠組みを使うことにより、基金を運用しつつ、同時に、5%ルールの厳しい規定をクリアすることが出来るというわけです。近年の傾向として、財団は、NPOに対する直接投資から、社会的投資機関への投資に、プログラム関連投資のターゲットを移行しつつあります。仮に、オバマ政権が提唱している新ルールが適用されれば、結果的に、財団から社会的投資機関への資金の流れが拡大し、結果的に、社会的投資の資金規模が拡大することが期待されます。

オバマ政権が目指す方向性

以上、駆け足でオバマ政権の対フィランソロピー政策を概観してきました。これらの政策から、今後のオバマ政権が目指す方向性がおぼろげながら読み取れると思います。それは、要約すると以下のようになるでしょう。

  • 「寄附と税金」問題については、「税金」を優先する。
  • フィラソロピーに流れ込む資金減少の対価として、「プログラム関連投資」の規制を緩和する。
  • これにより、マーケット・メカニズムを利用した社会的投資や社会的インパクト債権など、新たなフィランソロピーの促進を図る。
  • 並行して、オンライン・テクノロジーを活用した、新しい形の寄附プラットフォームを支援することで、一般の人々の寄附も促進する。

現在、米国は、大統領選挙の終盤を迎えています。現時点では、オバマ大統領とロムニー候補の支持率は伯仲しています。10月には、両候補のテレビ討論が、数回にわたって開催される予定ですが、その結果がどうなるかは予断を許しません。仮に、オバマ大統領が勝利し、第二期を迎えたとしても、共和党が下院の多数を占め、上院においてもブロック・バスターを行うことが出来る議席を確保しているため、オバマ大統領の政権運営は引き続き困難なものとなるでしょう。

しかし、ブッシュ政権から引き継いだ経済危機を何とか乗り越え、数十年に一度の社会保障改革も何とか実現に移すという困難な作業の中で、オバマ大統領は、社会変革基金など、彼の本来のアジェンダを着々と実現してきました。仮に、第二期オバマ政権が実現した場合、おそらく、「新しいフィランソロピー」促進という政策が本格化することが期待されます。オバマ政権は、フィランソロピーのランドスケープをどのように塗り替えていくでしょうか。それはまた、深刻な財政赤字の中で、増税が経済成長の与えるネガティブな影響を最小限に抑えつつ財政再建を図り、同時に公共サービスを市民ボランティアや新たなフィランソロピーの活力を得て維持・発展させていく、という新たな社会モデルの提示にもつながっていくと思われます。