ブログを立ち上げて3週間が経ちました。その間、いろいろな方からコメントをいただきました。どうもありがとうございます。いただいたコメントの中には、「専門用語が多すぎてよく分からない」とか「そもそもフィランソロピーって何?」というご指摘もありました。そう言われて、改めて、自分のブログを読み返してみると、確かに、ちょっと説明を端折りすぎていたり、専門用語を使いすぎて基本的な説明を怠っているな、ということに気づきました。
日本とアメリカでは、NPOやフィランソロピーの状況がかなり違いますし、サラモン教授が展開している「フィランソロピーの新しいフロンティア」プロジェクトは、日本のNPO論やフィランソロピー論の枠内では、あまり取り上げられてこなかった分野を扱っているので、わかりにくいのは当然だと思います。そこで、これから、しばらく、「フィランソロピー基礎講座」と題して、基本的な考え方を整理しておきたいと思います。若干、教科書的になってしまいますが、ご容赦下さい。
ということで、今回は、NPOの立ち上げから発展、拡大していく過程をシュミレーションしながら、そこで、どのようなリソースが必要になり、どのようなフィランソロピーの技法が使われるかを見てみましょう。とりあえず、「アメリカの地方都市で、教会のコミュニティをベースに、最近設立されたホームレス支援NPO」と言う設定で、話を進めたいと思います。以下、「解決策」として提示されているものが、フィランソロピーの具体的な事例だとお考え下さい。
1.NPO活動の開始
A市は金融危機とその後の不況で、ホームレスが街角に目立つようになりました。そこで、教会コミュニティの有志が集まってNPOを立ち上げ、ホームレス向けに食事の炊き出しを行うことにしました。彼らは、全員、非常勤のボランティアで、教会のキッチンを使って食事を作り、それを教会の前でホームレスに提供するという形で活動を始めました。しかし、話を聞きつけたホームレスが集まってきて、すぐに炊き出しをする資金もボランティアも足りなくなりました。
★解決策
- 現物寄附
地元の食品企業に働きかけて、食材を定期的に現物寄附してもらう。 - 金銭寄附
コミュニティの資産家に働きかけて寄付金を募る。 また、ソーシャル・メディアを駆使して個人寄附を募る。
2.専門スタッフの雇用
何とか、活動が軌道に乗ってきたのですが、ホームレスからのニーズはどんどん大きくなってきます。ボランティアも増え、マネジメントの必要も出てきました。さらに、企業との交渉も複雑になってきました。そこで、NPOマネジメント経験のある専従スタッフを事務局長として雇用し、狭いものですが、電話とパソコンのあるオフィスも借り上げることにしました。しかし、そのためには、当座の資金が必要です。
★解決策
- 財団のキャパシティ・ビルディング支援助成金
コミュニティ財団が行っているNPOキャパシティ・ビルディング 支援助成金に申請し、2年間の継続支援を確保。
3.事業の安定化
事務所と専従スタッフが入ったことで、事業は軌道に乗りました。しかし、キャパシティ・ビルディング・グラントが切れる2年間の間に、少なくとも人件費と借料と最低限の事業費を払うための安定的な収入源を確保しなければなりません。
★解決策
- メンバーシップ・ドライブ
NPOの活動趣旨に賛同してもらえる人たちに会員サポーターになってもらうため、会員集めのためのキャンペーン・イベントを行う。会員には、年会費という形で寄付金を募る。 - アニュアル・ファンド・レイジング・キャンペーン
感謝祭からクリスマスの間に、寄附依頼のダイレクト・メールをいろいろな人に送って寄附を募集。また、大規模なディナー・イベントを開催し、そこで寄付金を募る。 - ソーシャル・メディア・キャンペーン
ホームページを立ち上げてホームレスの現状をコミュニティにアピール。フェイスブックやツイッターなども活用してより多くの人達を巻き込む。その上で、オンライン寄附サイトを立ち上げ、一般の人たちの寄附を募る。 - 助成金への申請
ホームレス支援を専門にしている財団や基金を探し、そこに助成金を申請。
※その他の収入
米国NPOの収入内訳を見ると、上記のような寄附や助成金の他に、米国政府からの事業委託収入と、NPOが独自に行う収益事業からの事業収入が大きな比重を占めています。しかし、この両者は、フィランソロピーという概念からは少し外れてしまうため、ここでは含めていません。
4.事業規模の拡大
何とか、安定した収入源を確保することが出来ました。次の課題は、教会に歩いてくることが出来ない地域のホームレースに支援を拡大するため、ホームレスが多いと言われている幾つかの地区に炊き出し場所を拡張することです。そのためには、食料品を配達するための専用車両を購入し、また、今まで使っていた教会のキッチンから独立して、自前のキッチンを借り上げる必要があります。これを実現するためには、初期投資用の追加資金が必要です。
★解決策
- メージャー・ギフト
ホームレスの問題に関心を持っているコミュニティの資産家に働きかけ、数千万円規模の大規模寄附を募る。 - 企業との協働
コミュニティの問題解決に熱心な地元の大企業に働きかけ、パートナーシップ事業として、食料品と資金の安定的な提供と、従業員のボランティア参加を確保する。
5.事業の更なる展開
こうしてNPOの活動はほぼ市の全域をカバーするようになりました。そこで、ある財団の助成金で、ホームレスの実態調査を行ったところ、ホームレスが最も必要としているのは、一時的な食料や金銭の提供ではなく、職探しのベースとなる一時的な住居と、職業斡旋サービスであることがわかりました。そこで、NPOは、市の協力を得て、市が保有している幾つかの遊休施設を市場よりも安い価格で買い上げ、これをシェルターとしてホームレスに提供すると共に、そこで、就業支援のためのサポートを行う方向に事業の重点を移すことにしました。そのためには、今までの資金規模よりも大きな資金が必要になります。
★解決策
- キャピタル・キャンペーン
ファンド・レイジング専門のコンサルタントを雇用し、入念な事前調査を踏まえて計画を立て、全米規模で資産家や財団に対する寄附・助成金を募るキャンペーンを行う。 - CDFIからの資金借入
米国には、CDFI (Community Development Financial Institutions=コミュニティ開発金融機関)と呼ばれる、コミュニティ開発団体に特化した金融サービスを行う機関が存在する。CDFIは、通常の商業銀行よりも低い金利で資金を提供している。中には、通常の商業銀行であれば尻込みするような非営利団体への資金提供に特化した機関もある。こうした機関から、長期・低金利の資金を借り入れる。
6.CDFIはフィランソロピーか?
いかがでしょうか。本当に駆け足ですが、NPOが、どのような形で人、もの、お金という社会的なリソースを動員して、社会的な課題の解決に取り組んでいるかというイメージをつかんでいただけたと思います。ここで、NPOの活動のために他の人たちが、何かを提供する活動全体が、フィランソロピーです。フィランソロピーとは、「人類を愛する」という意味です。個人的な利益の確保や、自己利益の極大化を目指すのではなく、「人類への愛」に基づいて、何かしら、自分がもっている資源を差し出すことと言い換えることも出来るでしょう。提供される資源は、ボランティア活動のような労働力であっても、寄付金のようなお金であっても、あるいは商品やモノや場所であってもかまいません。何かが、無償で社会的な活動に差し出される時、その行為は、フィランソロピーと呼ばれます。
このように書くと、「でも、CDFIのローンは、結局、返さなければいけないからフィランソロピーとは言えないのでは?」という疑問を持つ方がおられると思います。おっしゃるとおり、CDFIのような仕組みは、従来、フィランソロピーとは見なされてきませんでした。しかし、CDFIローンは、通常の商業銀行ローンよりも低い金利で貸出を行っています。経済学的に言えば、CDFIローンは、貸出金利を他の商業銀行よりも低く設定することにより、資本の機会費用の一部をNPOに無償で提供していると言うことが出来ます。平たく言えば、低金利で損している分をNPOに寄附していると見なすことが出来る、ということですね。
おそらく、CDFIに詳しい方の中には、「でも、CDFIは、米国連邦政府が定めたCRA(Community Reinvestment Act=コミュニティ再投資法)に基づいており、また、CDFI基金のサポートを受けているから、公的な支援形態と考えた方がよいのでは?」と疑問を持たれる方もおられると思います。この点は、その通りで、CDFIの多くは、CRAに基づいて商業銀行が地域コミュニティへの資金環流を義務づけられているため、この受け皿機関として発展し、その資金源としては連邦政府が設立したCDFI基金に多くを依存しています。しかし、CDFI自体は民間の団体であり、その立ち上げの際には、コミュニティ財団や個人フィランソロピストの支援を受けていることも事実です。その意味では、CDFIもまたフィランソロピーの一翼を担っていると考えることが出来ます。
7.終わりに
CDFIの議論で回り道をしてしまいましたが、以上の議論を通じて、伝統的なフィランソロピーが、CDFIのような金融サービスをその枠内に取り込むことによって、「フィランソロピーのフロンティア」を拡大していることをご理解いただけたと思います。「フィランソロピーの新しいフロンティア」プロジェクトは、従来、CDFIのような、フィランソロピーという枠内でとらえられてこなかった手法をフィランソロピーの一環ととらえることで、どのようにフィランソロピーの世界が広がっていくのか、と言う可能性を探求しようという試みなのです。まさに、「フロンティア」の探求ですね。
先日のブログでもお伝えしたとおり、サラモン教授が進めている「フィランソロピーの新しいフロンティア」プロジェクトは、CDFI以外にも、様々な新しいアクターやツールを取り上げて、これらを包括的に分析しようしています。そうした概念を理解するためには、今回のブログでシュミレートしたNPOの活動だけでは十分ではありません。社会企業やマイクロ・ファイナンス機関の活動にも目を向ける必要があります。
ということで、次回は、引き続き、ホームレス支援を題材にしつつ、今度は、社会企業とマイクロ・ファイナンス機関の資金調達をシュミレーションすることで、さらに「フィランソロピーの新しいフロンティア」を探っていくことにしましょう。