偉大なるフィランソロピスト:ジョージ・ソロス

フェイスブックの方に、ジョージ・ソロスが最近発表した「ドイツは指導的立場に立つか、さもなければユーロ圏を離脱せよ」という論考を紹介したのですが、よく考えると、彼の基本的な考えは、フィランソロピーのフロンティアのコンセプトととてもつながる部分があると言うことに気づいたので、ブログでもう少し展開したいと思います。

1.ユーロ圏を巡るソロスの論点

ソロスは、9月10日付New York Review of Booksに、The Tragedy of the European Union and How to Resolve Itというタイトルで論考を発表しました。議論のポイントは、以下の通りです。

  1. 通貨共同体としてのユーロの致命的な欠陥は、中央銀行をもっているが、財政当局を持たないことにある。
  2. ECBが決定した加盟国の国債を直接購入するという手法は、ユーロ圏の延命措置とはなりえても、根本的な問題解決とはならない。
  3. 逆に、この手法は、ユーロ圏内に、債権国と債務国という二重構造をもたらし、最終的には、ユーロ圏内の決定的対立からユーロ圏の崩壊に至るだろう。
  4. この問題を解決するには、債権国と債務国の間の対立を緩和し、将来的にユーロ債の発行につながる「債務縮減基金」を創出して債務危機にある国を救済すると共に、ユーロ圏全体として、5%前後の名目成長を達成する(=インフレを許容する)しかない。
  5. これを実現するためには、第二次世界大戦後にマーシャル・プランを行った米国のように、ドイツが「慈悲深い債権国」としてリーダーシップを発揮する必要がある。
  6. 仮にドイツがそのリーダーシップを担うことが出来ないのであれば、ドイツ自身がユーロを離脱すべきである。
  7. ドイツのユーロ圏離脱により、ユーロは切り下げられる。この結果、各国債務の実質的価値が切り下がると共に、競争力が回復することで、最終的にユーロ圏は安定するだろう。逆にドイツは、保有している債権の実質的価値が下がって損失を被ると共に、今まで安いユーロで享受していた競争力を失うことになる。

2.フィランソロピスト、ジョージ・ソロス

今回の彼の議論は、ドイツがユーロ圏を離脱すれば、ユーロ問題が解決できるという逆転の発想も刺激的だったのですが、最も印象的だったのは、ソロスが、この議論を、投資家としてではなく、フィランソロピストとして語っていることです。彼は、オープン・ソサエティ財団を設立して各国の民主化や言論・思想・宗教の自由の確保に取り組んでいます。ユーロに基づく欧州共同体は自発的な民主主義国家の連合体であり、それを守ることは、オープン・ソサエティの実現につながるのだという信念が、この提言の背後にあります。そこにこの議論の魅力があります。

実際、ソロスは、論文の中で、繰り返し、「債権国と債務国に分断されたユーロ圏は、オープン・ソサエティの趣旨に反しており、決して許容できない」と語っています。確かに、現在、ECBが進めている国債の買い入れ政策は、当面の措置として機能するかもしれませんが(実際、ECBの発表後、米国の株価は上昇し、欧州の金利も低下しています。)、長期的に見てどこまで機能するかは不確定ですし、何よりも、「ヨーロッパ統合」の理念に反しています。ソロスは、これを踏まえて、「ドイツの態度を変えさせるためには、欧州の市民社会、ビジネス・コミュニティ、そして一般の人達が、立ち上がって、この問題に主体的に関わらなければならない」と呼びかけています。これは、通貨共同体の問題ではなく、欧州統合を通じてオープン・ソサエティを実現しようという理念の成否を巡る問題だからです。ここにこそ、フィランソロピストとしてのソロスの核心部分があるように私には思われます。

3.新しいフィランソロピーと共鳴するソロスの思想

ソロスの論文は、このように、オープン・ソサエティを実現しようという、フィランソロピスト:ジョージ・ソロスの熱意を感じ取ることが出来るものなのですが、僕が最も気に入ったのは次の一節です。少し長いですが、原文のまま引用します。仮にドイツがユーロ圏を離脱したらどうなるかをシュミレートし、最終的に、ドイツの離脱はドイツにとっても有益ではなく、ユーロ圏を維持する方向に向かわざるを得ない点を論じた部分です。

The common market would survive but the relative position of Germany and other creditor countries that may leave the euro would swing from the winning to the losing side. They would encounter stiff competition in their home markets from the euro area and while they may not lose their export markets, these would become less lucrative. They would also suffer financial losses on their ownership of assets denominated in euro as well as on their claims within the TARGET2 clearing system. The extent of the losses would depend on the extent of the euro’s depreciation.  Thus they would have a vital interest in keeping the depreciation within bounds. Of course there would be many transitional difficulties, but the eventual result would be the fulfillment of Keynes’ aspiration for a currency system in which the creditors and debtors would both have a vital interest in maintaining stability.

この文章の最後の部分が私はとても気に入りました。「借り手と貸し手が、通貨システムの安定という点に、中核的な利害を共有する」という部分です。これは、もちろん、経済原則なのですが、同時に、新たなフィランソロピーにつながる発想だと思います。

リーマン・ショック後の様々な調査が明らかにしたことは、リスク分散化の名の下に、不良債権化の可能性が高いハイリスク証券商品が開発され、グローバル市場にまき散らされたことにあります。貸し手も借り手も、リスクの存在を認識しつつ、この危険なゲームに参加しました。その結果が、グローバル金融のシステミック・リスクに至りかねなかったリーマンショックをもたらしました。この根底にあるのは、自己利益の最大化を追究し、システムの安定性をないがしろにする貸し手と借り手の行動原理です。新たなフィランソロピーが目指しているのは、もちろん、NPO/社会企業セクターの資金調達の拡大ですが、その根底にある思想は、そのような自己利益の最大化とは対極にある、「公益の最大化」原理です。この意味において、マーケットメカニズムを活用した新たなフィランソロピーは、きわめて根本的な部分で、現代社会のオルターナティブを提案しているのかもしれません。そして、この部分において、ソロスの主張は、新しいフィランソロピーの動きと共鳴していると思います。

短いビデオですが、ロイターのインタビューをシェアしておきます。1分30秒の短いものなのですぐにご覧になれます。

http://youtu.be/jaLMxjMasWo

また、ウィーンの人文科学研究所の講演ビデオ「ユーロの将来」もシェアしておきます。こちらは、2時間の長いものです。

最後に、故山本正さんが、ジョージ・ソロスにインタビューした内容をまとめた「ジョージ・ソロス 投資と慈善の哲学」を紹介しておきたいと思います。概要は、以下のウェブサイトをご覧下さい。ここでもまた、日本のシビルソサエティを支えたリーダーと、グローバル・フィランソロピーの担い手との深い信頼関係を見いだすことが出来ます。

http://www.jcie.or.jp/japan/pub/publst/1424.htm