米国を超えて
前回のブログで、サラモン教授のNew Frontier of Philanthropyプロジェクトの概要を紹介しましたが、その中の「次のステップ」の一つとして、「米国を超えて」というものがありました。サラモン教授のプロジェクトは、英米で発展した新たな試みをいかに国境を越えてグローバルに共有していくかも視野に入れています。
この点に関し、プレゼンテーション後の質疑応答で、フロアから「米国を超えて、この新しいフィランソロピーが広がっていくとすると、有望な国はどこでしょうか?」という質問がありました。これに対するサラモン教授の回答は、「英国、インド、シンガポール、南アフリカ、メキシコ、ブラジル」というものでした。理由は、実際に新たな試みが始まっている点と、政府が前向きに支援しようとしている点の2点にあると言うことです。
グローバル・フィランソロピーのハブを目指すシンガポールの国家戦略
そこで、今回は、シンガポールの新たな試みを紹介したいと思います。フェイスブックの方でご紹介したとおり、シンガポールは、グローバルな金融センター設立を国家戦略の一つにしています。その一環として、グローバル・フィランソロピーのハブ国家を目指すことも謳っています。このように、フィランソロピーの強化を進めているシンガポール政府の政策の背景には、今や、富裕層向け金融サービスの重要な要素となっているフィランソロピー・サービス部門をシンガポールにおいても早急に強化し、急速に拡大しつつある中国・インドの新興富裕層の資産を囲い込もうというしたたかな計算が働いています(この点については、改めて、ドナー・アドバイズド・ファンドの展開を紹介する際に論じたいと思います。)。また、こうした政府の動きと呼応して、最近、シンガポールで、Philanthropy in Asia Summit 2012が開催されました。共催者には、グローバル・フィランソロピーの展開を積極的に進めている米国のGlobal Philanthropy Forumと英国のThe Resource Allianceが名を連ねています。このように、近年、シンガポールは、グローバル・フィランソロピーのアジアにおけるハブセンターを目指して、着実に歩みを進めています。
IIXのシンガポール社会的証券取引所設立プロジェクト
こうした中、現在、シンガポールにNPOや社会企業専門の証券取引所を立ち上げようとしている団体があります。Impact Investment Exchange Asia(IIX)という団体です。彼らは、シンガポールの金融当局およびシンガポール証券取引所と調整しつつ、来年早々に、社会的投資専門の証券取引所を立ち上げるべく、準備を進めています。彼らのコンセプトは、きわめてシンプルです。社会的投資専門の証券取引所を開設し、そこで、社会的企業は株式と社債を、NPOはNPO債のようなものを発行します。これに対して、社会的投資家が取引所を通じて資金を提供します。現時点では、一般投資家が投資する可能性は少ないため、投資家は、社会的投資に関心を持っている財団、社会インパクト投資団体、個人投資家、その他の公共的な基金(年金基金やグリーン・ファンドなど)に限定したクローズドなものになっています。IIXはこうした投資家をインパクト・パートナーとして組織化し、投資家に対して、社会的企業やNPOの審査情報を提供します。実際の売買を仲介するのが、IIXが設立したImpact Capitalです。Impact Capitalは、株式やNPO債の売買業務だけでなく、参入してくるNPO・社会的企業の適格審査、投資報告の作成、およびマーケット情報の提供なども担います。さらに、IIXは、ここに参入してくる社会企業家やNPOの経営者や財務担当者を育成するためのImpact Academyも立ち上げる予定です。
NPO/社会的企業の資金調達に革命的変化が起きる可能性
いかがでしょうか?もしも、このシステムが軌道に乗れば、シンガポール内のNPOや社会的企業家にとっては、資金調達のための新たな可能性が開けます。シンガポールのみならず、他のアジア諸国からも、この取引所に「上場」してくるNPOや社会的企業が出てくるでしょう。良質なNPOや社会的企業が集まってくれば、資金の出し手もまた世界中から集まってきます。なぜなら、大手の財団や社会インパクト投資家にとっては、この取引所を通じて投資先を探す方が、自前で投資先を探すよりもはるかにコストが低くなるからです。コストが下がれば、それによって浮いた資金をさらに他の団体に回すことが出来ます。
こうした社会的投資家向けの証券取引所は、実は、ブラジルと南アフリカですでに現実化しています。シンガポールで新たにIIXが動き始めれば、ここがアジアの社会的投資のセンターになるでしょう。今後、BOPビジネスやSRI市場がさらに拡大していけば、それらを取り込むことで、さらに取引所の規模は拡大します。その過程で、この証券取引市場が公開されるようになれば、シンガポールのグローバル金融センターとしての地位も、この付加的サービスによって向上することになります。一度、資金循環のサイクルが動き始めれば、世界中から資金が集まってくるわけです。夢のような話だと思われるかもしれませんが、サラモン教授が述べているように、リーマンショック以後、グローバルな資金は、比較的安定し、CSRにも適合した投資先を求めていますから、狭い社会的投資家サークルを超えて、一般投資家にとっても、この取引所が魅力的になる可能性は決して非現実的ではありません。
さて、日本は?
これ以外にも、シンガポールはユニークな活動をしています。昨年2月には、これもシンガポールを拠点としてアジア・ヴェンチャー・フィランソロピー・ネットワークが立ち上がりました。急速に動きつつあるアジアのシビル・ソサエティの中で、日本は、どのようにコミットしていくのか。それは、日本のNPOだけではなく、日本のフィランソロピーや行政当局の課題でもあります。実は、IIXプロジェクトの主な資金提供団体は、ロックフェラー財団とアジア開発銀行です。アジア開発銀行は、IIXへの支援以外にも、アジアの社会的企業家育成のための調査プロジェクトやサポートプログラムを展開しています。アジア開発銀行は、日本政府が最大の出資国であり、アジア開発銀行の理事会には、日本政府もメンバーとして参加しています。せっかく日本政府から人も資金も出しているのですから、ぜひIIXのような取り組みを日本政府も研究し、日本における新たなNPO/社会的企業育成に役立てて欲しいと思います。