サラモン教授のNew Frontier of Philanthropy プロジェクト

9月14日(金)、ワシントンDCにあるジョンズホプキンス大学SAISで、サラモン教授が、New Frontier of Philanthropyプロジェクトについてのプレゼンテーションを行いました。1時間半という短い時間だったこともあり、要点だけをまとめた簡潔なものだったのですが、現在、サラモン教授が市民社会研究所で進めておられるプロジェクトの全体像を理解することの出来る良い講演会でした。ということで、今回は、教授のプレゼンテーションに基づいて、プロジェクトの内容を紹介したいと思います。

1.米国NPOの歴史的進化と現在の課題

NPOの収入構造の変化を歴史的に見てみると、その内訳が大きく変化してきていることが分かります。仮に、20世紀におけるNPOの発展を3つの世代に分けて考えると、次のような特徴が伺えます。

  1. 第一世代
    個人フィランソロピストや財団に収入の多くを依存
  2. 第二世代
    NPO経営の発展に伴い、事業収入が増加。同時に、政府支援の増大に伴い、50年代から60年代以降、政府補助金の比率も拡大
  3. 第三世代
    活動の拡大に伴い、更なる資金源を求めているが、NPOと言うステイタスでは、収益を分配できないため、資本へのアクセスが困難であるという課題に直面している。

言うまでもなく、NPOステイタスの基本は、収益を利害関係者の間で分配しないことにあります。教科書的になって恐縮ですが、これは二つのことを意味します。一つは、1年以内の短期の収益を、配当などの形で分配できないこと、もう一つは、1年以上の長期的な収益によって蓄積したストック資産を、例えば、解散時などに分配できないこと、の二点です。後者には、株式売却のような利益分配も含まれます。このため、NPOは、株式会社のような営利団体と異なり、株式や社債、あるいは不動産に基づく証券などを発行することによる資金調達が出来ません。この結果、NPOは、銀行からの借り入れや、個人寄附、財団や政府の補助金に資金を頼らざるを得ません。

2.フィランソロピーにおけるビッグ・バン

こうした問題意識を踏まえ、近年、フィランソロピーにおいて大きな変化が現れています。それは、「資本のフィランソロピー化(Philanthropication of Capital)」と要約できるような変化です。これにより、第三世代のNPOにとって、従来のような財団からのグラント、個人寄附、政府補助金、あるいは 事業収入以外の資金調達の道が開かれることになりました。具体的には、以下のような新たなアクターとツールが登場しています。

★新たなアクター

  • 社会的投資機関(Capital Aggregates)
  • 疑似公共投資ファンド(Quasi Public Investment Fund)
  • セカンダリー・マーケット(Secondary Markets)
  • 社会的証券取引所(Social Stock Exchange)
  • 営利企業を母体とする慈善基金(Corp Originated Charitable Funds)
  • 社会的投資ブローカー(Enterprise Brokers)
  • キャパシティ・ビルディング支援団体(Capacity Builders)
  • 転換型財団(Conversion Foundations)
  • オンライン寄附団体(Online Exchange)
  • ファンディング・コラボラティブ(Funding Collaborative)
  • フィランソロピー債権発行機構(Philanthropic Bonds)

★新たなツール

  • 借入保証(Loan Credit)
  • 株式投資(Equity Investment)
  • 確定利付証券/債権(Fixed Income)
  • 証券化(Securitization)
  • マイクロ保険(Insurance)
  • 社会的投資・購入(Social Investment & Purchasing)
  • ソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bonds)

これらの新たなアクターとツールは、最新のテクノロジーと金融サービスを駆使し、マーケット・メカニズムに基づいた資金調達方法をNPOに提供しようとしています。こうした一連の新たな動きを、サラモン教授はフィランソロピーのビッグバンと言う言葉で表現しています。

3.なぜ、今、フィランソロピーのフロンティアなのか?

では、なぜ、このような動きが登場したのでしょうか。サラモン教授は、それを社会的ニーズの変化と資金供給側の変化の二つの側面から分析します。

★社会的ニーズの変化

  • グローバルなレベルでの貧困の拡大
  • 人口爆発
  • 地球温暖化
  • 破綻国家の登場
  • 先進諸国における経費削減

★資金供給側の変化

  • 社会的企業家の登場
  • ドットコム起業出身の新たな資本主義的フィランソロピスト(Philanthrocapitalist)の登場
  • 伝統的な資本市場の停滞による新たな資本市場開拓ニーズ
  • リーマン・ショックによる打撃

要するに、グローバルなレベルで、先進諸国も開発途上国も様々な問題を抱えており、解決すべき課題がより多様化・拡大している一方、これを支えるべき政府財政やODAは減少傾向にある、その中で、IT技術に精通し、技術イノベーションと市場マインドをもった社会企業家やフィランソロピストが現れ、彼らの主導により、資本市場や金融テクノロジーを使った新たな支援形態が生まれつつある、と言うことでしょうか。

4.今後の課題と次のステップ

では、このように新たに生まれつつあるフィランソロピー形態が、さらに発展し、社会的に受け入れられていくために克服すべき課題は何でしょうか。さらに、こうした課題を克服しつつ、新たなフィランソロピー形態を根付かせるために、我々は何をすべきでしょうか。サラモン教授は、以下のポイントを指摘します。

★今後の課題

  • 資金の受け手側(NPO)の意識改革
  • 社会的インパクトを定量的に測定する手法の開発(SROI、Social Impact Evaluationなど)
  • 新たなフィランソロピーによる資金提供がもたらすインパクトの測定(ゲーム・チェンジが、NPOセクターにどのようなインパクトをもたらすのか。勝者は誰で、敗者は誰になるのか。それはNPOセクターにとって望ましいことなのか?)
  • 新たなフィランソロピーを促進するために求められる政策は何か(CRA、New Markets Tax Creditsプログラムなど)
  • 米国を超えて(新たなフィランソロピーを英米のみならず、グローバルなフィランソロピーセクターに拡大していくために必要なことは何か。)

★次のステップ

  • 可視化(Visualize)
  • 一般普及(Publicize)
  • 政策的誘導(Incentivize)
  • 現実化(Actualize)

5.終わりに

サラモン教授のプレゼンテーションの内容を駆け足で概観しました。日本ではまだ定着していない用語が頻出しており、おそらく、これをご覧になっただけでは、具体的な内容がわからないコンセプトもたくさんあると思います。とりあえず、教授の使っておられる用語をかなり意訳することで、内容をある程度推測していただけるように努力しましたが、私自身も、金融の専門家ではないため、どこまで正確に内容をお伝えすることが出来たか不安な部分もあります。しかし、全体として、サラモン教授のプロジェクトが目指している方向性はお伝えできたと思います。

サラモン教授のプロジェクトは、予定では年内に、論文集として出版される予定です。それが出版されれば、より詳しい内容がお伝えできると思います。また、個々のコンセプトについても、これから、少しずつ、このブログで紹介していきたいと思いますので、それをご覧下さい。

なお、研究所では、論文集刊行の次のステップとして、上記4.の中の幾つかを具体的なプロジェクトとして立ち上げる予定だそうです。まだ具体的な内容は固まっていませんが、新たなフィランソロピーを根付かせるための政策提言や、新たなフィランソロピーの担い手を育成するための、ビジネス・スクールやNPOマネージメントコースにおける新たなカリキュラムの開発などを考えているようです。こちらの方も、また随時、報告していきたいと思います。

「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)

210648

SAISでプレゼンテーションを行うサラモン教授