このブログは、米国を中心とした海外のフィランソロピーの動向をお伝えすることを主眼としています。と言っても、米国と日本では、フィランソロピーも、それを取り巻く社会状況も大きく異なります。だから、米国のフィランソロピー事情を紹介すると言っても、それほど簡単なものではありません。
そこで、今回は、少し古いですが、2011年12月末にChronicle of Philanthropyに掲載された記事「米国フィランソロピーの流行語2011」を紹介することで、今、米国のフィランソロピー界では、何が注目を集めているのかを見てみたいと思います。
- 第10位 #(Twitterのハッシュタグ)
フィランソロピー業界もようやくTwitterを本格的に活用し始めたようです。例えば、市民参加型のフィランソロピーを提唱し、 テクノロジーを最大限に活用した社会革新を目指すThe Case Foundationは、NPO向けに、Twitterを活用したファンド・レイジング・キャンペーンやアウトリーチ、情報発信などのノウハウをサポートするウェブサイトを立ち上げています。 - 第9位 増幅
これまでのフィランソロピー業界の定番用語と言えば、「レバレッジ」とか、「スケールアップ」を通じたインパクトの最大化、でした。しかし、2011年は、とにかく「支援を増幅せよ」というスローガンが業界を席巻したようです。それだけ、経済不況と低利率による支援総額の減少が深刻化していると言うことなのでしょうか。 - 第8位 創造的破壊
イノベーションではなく、創造的破壊がフィランソロピー業界にも求められているようです。「フィランソロピーは、社会問題の改良や革新ではなく、既存のセクターを創造的に破壊し、新たな社会セクターを創造すべきだ」という主張です。具体的には、「ソーシャル・メディアを駆使した、問題解決志向型のクロス・セクター連合体を形成し、これを通じて、社会的企業によるマーケット・アプローチとNPOによる非営利アプローチを組み合わせた新たなセクターを創出しよう」というものです。ご関心がある方は、「フィランソロピーによる創造的破壊:テクノロジーと社会セクターの将来」報告書をご覧になると、より詳しく見ることが出来ます。 - 第7位 法人形態の移行
90年代に米国NPO業界では、医療福祉法人などが非営利から営利に法人形態を移行するという動きが見られましたが、この動きがフィランソロピー業界にも押し寄せてきたようです。今後、助成財団が社会的投資団体に法人形態を移行させたり、事業財団が社会的企業に法人形態を移行させたりする事例が多数出てくることでしょう。なお、記事では、非営利から営利への移行のみが取り上げられていますが、個人的には、米国税制上の「私立財団(Private Foundation)」から「公立財団(Public Foundation)」や「ドナー・アドバイズド・ファンド」への移行もこの中に含まれると思います。 - 第6位 科学的根拠に基づく実践
医療業界で使われている「科学的根拠に基づく診療(Evidence-based Practice)」という概念が、フィランソロピー業界でも日常的に使われるようになりました。これは、グラント・メイキングや社会的投資を行うに当たり、単にロジック・モデルを設定したり、評価のためのベンチマークを設定するだけではなく、具体的にどのようなインパクトがもたらされたかを定量的かつ科学的に検証しようというアプローチです。特に、プログラム関連投資、インパクト投資、ソーシャル・ボンドなど、客観的な指標が不可欠な分野では、こうしたアプローチが今後、主流となってくると思われます。 - 第5位 インフォグラフィックス
日本でも定着し始めたインフォグラフィックスが、米国フィランソロピー業界でも使われるようになりました。インフォグラフィックスとは簡単に言えば、「複雑で多様な情報、データ、知識などを、直感的に分かりやすく理解できるようにする視覚的プレゼンテーション技法」 です。フィランソロピー業界でも、このようなプレゼンテーションが必要とされる時代に入ったようです。 - 第4位 寄附税制改革
日本ほどではありませんが、財政赤字が深刻さを増す米国でも、寄附税制は重要な政治的イシューとなっています。オバマ政権は、富裕層への増税策の一環として、寄付金に対する税控除の累進税率引き上げを提案しています。米国の富裕層に対する税率は低いですし、寄付金が必ずしも低所得層や社会問題に使われるわけではなく、Super PACと呼ばれる政治献金団体に巨額の寄付金が流れている現状を見ていると、オバマ政権の主張も理解できなくはありません。しかし、もちろん、これに対しては、米国財団協議会をはじめとしてNPO業界が大々的な反対キャンペーンを展開しています。この問題については、2012年の現時点でもまだ決着がおらず、今後の動向が気になるところです。 - 第3位 ストーリーテリング
社会問題が複雑化すればするほど、これを具体的にわかりやすく説明するストーリーテリングの手法が必要となります。特に、ソーシャル・メディアを利用したファンド・レイジング等のキャンペーンを展開する際には、いかにインパクトのあるストーリーテリングを行うかが重要です。フィランソロピー業界もまた例外ではありません。 - 第2位 コレクティブ・インパクト
社会問題を解決するに当たり、政府、NPO、企業、そしてコミュニティの人々が、セクターを超えて協働する必要があることは言うまでもありません。米国フィランソロピー業界では、近年、こうしたセクターを超えた協働を目指すアプローチとして、「触媒型フィランソロピー(Catalytic Philanthropy)」の必要性が提唱されています。これを受け、2011年のスタンフォード・ソーシャル・イノベーション・レビュー誌に、「コレクティブ・インパクト」実現のためのアプローチをまとめた論文が掲載され、話題を呼びました(余談ですが、私が参加した大学院のゼミでも、この論文は大きく取り上げられていました。)。内容は、「コミュニティにおける問題解決のために、(イ)共通アジェンダ、(ロ)共有評価システム、(ハ)相互補強的なパートナーシップ、(ニ)持続的なコミュニケーション、そして、(ホ)バックボーンとなる支援団体、を構築し、こうした体制の下で、様々なファンダーが問題解決のために協力して資金援助を行うことにより、コレクティブ・インパクトを実現しよう」というものです。これは、今後、日本でも、真剣に考慮されるべきアプローチだと思います。 - 第1位 ソーシャル・インパクト・ボンド
ソーシャル・インパクト・ボンドという新しい資金調達方法は、英国で初めて導入されましたが、米国においても、ボストンで試行的に導入されました。これは、地方自治体がソーシャル・ボンドを発行して民間(現時点では財団が中心ですが、民間金融機関も対象となり得ます)から資金を調達し、この資金を特定分野のNPOに提供するというものです。NPOは、この資金を使って事業を行い、一定期間後に、地方自治体は、NPOの活動を評価します。例えば、青少年の非行防止を例に取ると、NPOの活動により、青少年の非行件数が大幅に減少し、結果的に、警察やソーシャル・ワーカー、更生保護施設など青少年非行に関わる公的支出が減少した場合、この減少額に基づいて、地方自治体がソーシャル・ボンドを利息付きで償還するというメカニズムです。現在は、まだ試行段階で、どのような成果を生み出すかは分かりませんが、新たな社会的資金調達メカニズムとして注目を集めています。詳しくは、英国ソーシャル・ファイナンスのウェブサイトをご覧下さい。米国の事例については、米国ソーシャル・ファイナンスのウェブサイトでフォローできます。
いかがでしょう?幾つかのポイントについては、日本の現状に全くそぐわないと思われるかもしれません。しかし、米国フィランソロピー界というのは、いわばフィランソロピーに関する壮大な実験ラボラトリのようなものです。この中で、厳しい競争を通じてスケールアップしていったものが、次の時代のスタンダードになり得るのです。そのように考えると、日本のフィランソロピーの将来を見据えて、注意深く米国の動向を見守っていく必要があるでしょう。