前回に引き続き、実際に事業を行っている側から、フィランソロピーをシュミレートしていきましょう。今回は、社会的企業を例にしてみたいと思います。引き続き、ホームレス問題を取り上げましょう。
1.社会的企業の立ち上げ
ホームレス支援事業が軌道に乗ったNPO。しかし、折からの不況で、ホームレスの就職はなかなか進まない。それならば、自分たちで仕事を作ればいいじゃないか、ということで、ビッグ・イシューをモデルにした新たなコミュニティ・ビジネスを立ち上げ、これにホームレスの方々に参加してもらうことにしました(ビッグ・イシューとは、コミュニティ・ペーパーを発行し、これをホームレスの方々に路上で販売してもらうことで収益を得るという社会的ビジネスです。詳しくは彼らのウェブサイトをご覧下さい。)。そこで、新たにビッグ・イシューを発行する社会的企業を設立しました。しかし、今までのメンバーは、ビジネスの経営ノウハウがありません。また、ビジネス立ち上げの初期資本が必要ですが、銀行は、実績のない団体にはなかなかお金を出してくれません。彼らはどのようなリソースを利用できるのでしょうか。
★解決策
- ヴェンチャー・フィランソロピーによる支援
ヴェンチャー・フィランソロピーとは、このように新たに立ち上がった社会的企業に対して、初期資本を投資するだけではなく、ビジネスの立ち上げ、維持、発展のための経営サポートも併せて行うという新しいタイプのフィランソロピーです。これにより、社会的企業は、資本のみならず、資金調達、マーケティング、財務管理などのビジネス・ノウハウを学ぶことが出来ます。代表的なネットワークとして、Social Venture Partners Internationalがあります。 - 社会的企業を専門に支援する財団の助成金/投資
Skoll財団に代表されるように、米国では、社会的企業をターゲットに助成/投資を行う財団が活動を行っています。競争は厳しいですが、そのような財団からの支援を受けるというオプションもあります。 - CDFIによる資金提供
前回のブログでもご紹介しましたが、CDFI (Community Development Financial Institutions)が米国では発達しています。こうした機関は、コミュニティ・ビジネスに対して積極的に資金を提供しています。
2.マイクロ・ファイナンスの開始
ビッグ・イシューが何とか軌道に乗り、収支が合うようになりました。これは、多くのホームレスの人達が、ビッグ・イシューを通じて、ささやかながら定収を得るようになったということです。この経験は、ホームレスの人達を活気づけました。中には、「ホームレスと言うだけで就職の門戸を閉ざされているのであれば、自分たちで起業すればいいじゃないか」という人達が現れます。そこで、コミュニティ・ビジネスのメンバー達は、そういう人達に少額の起業資金を支援するために、マイクロ・ファイナンスを始めようと思い立ちました。マイクロ・ファイナンスというのは、ノーベル賞を受賞したムハマド・ユヌスさんが立ち上げたグラミン銀行をモデルにした、低所得者向けの少額融資機関です。開発途上国の貧困対策として出発しましたが、いまや先進国にも広がっています。しかし、マイクロ・ファイナンスを立ち上げるためには、やはり資本が必要です。彼らに利用できるどんなリソースがあるでしょうか。
★解決策
- 社会的インパクト投資機関による資金提供
米国には、コミュニティや開発途上国の問題解決にインパクトのあるソリューションを提供する社会的ビジネスに対して、低利・長期の投資を通じて支援する社会的インパクト投資機関が存在します。日本では、アキュメン・ファンドが有名ですが、例えばカルヴァート財団のように、社会的インパクトを持ちうるコミュニティ・ビジネスをターゲットにした団体もあります。 - 大型財団のミッション関連投資/プログラム関連投資による資金提供
米国には、ビル&メリンダ・ゲーツ財団、ロックフェラー財団、フォード財団のように、大規模な資産をもった財団が多数あります。これらの財団は、資産の運用収入を使って助成金を出すことを主としてきました。しかし、近年、資産運用そのものを利用して、社会的ミッションを達成しようとしはじめています。これが、ミッション関連投資あるいはプログラム関連投資と呼ばれるものです。財団は、自分たちの資産運用の一環として、社会企業やNPOに対して、低金利・長期で投資したり融資を行っています。こうした投資を支援する専門の中間団体としては、例えば、Mission Investors Exchangeがあり、米国の多くの団体がメンバーとして加盟しています。
3.州全域への事業展開
幸い、マイクロ・ファイナンス事業は軌道に乗りました。ビッグ・イシューのビジネスとNPOの活動を合わせると、グループ全体として収支が黒字に転じ、ホームレス支援の新たなモデルとして、他の地域のNPOや社会的企業からも問い合わせが来るようになりました。そこで、彼らは、自分たちのビジネス・モデルをフランチャイズ形式で州全域に展開することにしました。これを知って、幾つかの団体がフランチャイズの受け手として名乗りを上げてきました。これらフランチャイズ団体の立ち上げ支援のためには、更なる資金が必要です。もちろん、規模が大きくなった今、銀行からの融資や社会的投資家の投資、あるいは財団の支援などは期待できます。しかし、より革新的な資金獲得の方法はないでしょうか。
★解決策
- 社会的インパクト債権を通じた資金提供
社会的インパクト債権というのは、英国で開始され、米国でもマサチューセッツ州で2012年から開始された新しい形態の資金調達メカニズムです。メカニズムは、中間団体が、社会的インパクト債権を発行して、民間の資金提供者(社会的投資家、財団、コミュニティバンク、一般金融機関など)から資金を調達し、NPOや社会的企業に資金を提供します。対象は、地方政府から毎年、助成金を受けて、コミュニティに対する社会的サービスを行っている団体に限定されます(現時点では、犯罪・非行などに対する予防・早期介入を行っている団体がターゲットです。)。一定期間後に、地方政府は、この資金による事業の成果を評価します。この結果、NPOや社会的企業の活動によって、こうした犯罪・非行が減少し、結果的に地方政府の財政支出が減少していれば、そこで浮いた資金を、地方政府は中間団体を通じて、民間投資家に還付します。これが社会的インパクト債権のメカニズムです。米国政府は、このメカニズムの推進に取り組んでおり、2012年6月には、労働省が、社会的インパクト債権の先駆的な取り組みに対し、総額2000万ドルの助成を行うことを発表しました。対象は、雇用創出への取り組みです。まさに、今まで我々がシュミレートしてきたホームレス支援団体の趣旨にあった資金調達メカニズムですね。
4.更なる展開に向けて
201X年、ホームレス支援グループは、自分たちのモデルを使って、アジア域内での事業展開を行うことを決定しました。米国のモデルをそのまま当てはめるわけにはいかないので、財団の助成金を使って、アジア各国で入念なフィジビリティ調査を行った結果、シェルター提供/社会企業立ち上げ/マイクロファイナンスによる起業支援という基本的な枠組みを変えることなく、アジアでも事業が出来ることがわかりました。しかし、海外に出るとなると、そのためには大規模な資金の調達が必要です。社会的インパクト投資団体や大型財団が支援をオファーしてきましたが、常に資金調達面でもモデルの形成を目指してきた彼らは、今までにない新しい資金調達の方法を試みます。
★解決策
- 社会的証券取引所を通じた資金調達
2013年にシンガポールに開設された社会的証券取引所(Social Stock Exchange Market)は、その後、順調に発展し、201X年には、社会的インパクト投資家や財団のみならず、一般投資家の資金も入るようになっていました。そこでは、審査を経て上場を認められたNPOや社会的企業が、社債/NPO債や、株式を発行して、資金を調達出来るようになっています。ホームレス支援グループも審査を経ましたが、彼らの過去の実績とビジネス・プランは高く評価され、SROI Index (Social Retun on Investment Index=社会的投資収益率)も高レートをマークしました。早速、彼らは、アジアへの展開に向けて、取引所での資金調達を開始しました。
5.終わりに
最後の4.は、近未来のフィクションとして読み流してください。もちろん、個人的には、こうした資金調達メカニズムは決して夢物語ではないと思っています。実際、シンガポールのImpact Investment Exchange Asia (IIX Asia)が現在進めているシンガポール社会的証券取引所プロジェクトは、2013年の開設を目指して、現在、最終段階に入っています。仮に、このプロジェクトが順調に進めば、近い将来には、アジアの社会的企業家やNPOが、この取引所を通じて資金を調達出来るようになるのはけっして非現実的な話ではないと思います。
今回は、社会的企業の発展をシュミレートしながら、それぞれの段階で、彼らがアクセス可能な資金長調達メカニズムを見てきました。もちろん、社会的企業の多くは、一般の企業と同じように、商業銀行からの融資や個人投資家の資金にもアクセスできます。しかし、利潤の極大化を目指すのではなく、社会的なインパクトを求める彼らが、資金調達の面で一般企業と同じ、あるいはより悪い条件でしか、資金を調達出来なければ、彼らのビジネス・モデルは発展しません。社会的企業が発展して、コミュニティにインパクトをもたらすためには、社会的企業を優遇する資金調達メカニズムが必要です。今回のブログで見てきたような、ヴェンチャー・フィランソロピーや社会的インパクト投資、ミッション関連投資などは、まさに、このような社会的企業に目を向けた資金調達メカニズムだと言えるでしょう。こうした資金調達メカニズムがあって、初めて社会的企業のスケール・アップが可能となるのです。それは、フィランソロピーが目指す社会的インパクトの実現と軌を一にしています。
では、なぜ、こうした投資やローンをフィランソロピーと呼ぶのでしょうか。前回のブログでご説明したとおり、これらの投資やローンは、いわゆる市場価格よりも低利・長期に設定されているからです。これによる機会費用の損失部分が、フィランソロピーとしての寄附部分に該当する、というのが、「フィランソロピーの新しいフロンティア」論の基本的な考え方です。また、実際問題として、今回紹介した資金調達メカニズムの原資の多くは、大型財団やフィランソロピストの資金によって担われています。現在の大型財団やフィランソロピストにとって、自己のミッションに基づいて社会的インパクトを最大化することが出来るのであれば、資金の形態は、助成金であろうが、投資であろうが、融資であろうが関係ありません。問題は、インパクトなのです。このような発想に基づいて行動している彼らの事業から、無償/非営利団体対象の資金提供のみを取り出してフィランソロピーと呼ぶことには無理があります。
以上、2回にわたって、「フィランソロピーの新しいフロンティア」論が扱っている資金調達メカニズムを見てきました。まだまだお伝えしていないことはたくさんあります。また、個別の領域においても、さらに検討しなければならない論点は多数あります。それらについては、またブログで展開していきたいと思います。