新しい時代のNPOリーダー像:ペンシルヴァニア大学の実験的試み

人材育成について、もう少し考えてみたいと思います。

個人的な話で恐縮ですが、私は、今年の5月にペンシルヴァニア大学NPOリーダーシップ修士課程(NPL)を修了しました。このプログラムは、非常にユニークで、おそらく次の時代を担うNPOリーダー像を提示していると思われますので、概要を紹介しておきたいと思います。

1.NPLの特色

米国には、NPO経営についての修士課程はいろいろなものが存在します。しかし、その多くは、公共経営や国際開発修士課程の一分科として提供されていて、NPOだけに焦点を絞ったものではありません。また、カリキュラムも、NPO経営として、財務、会計、法制、マーケティング、広報、アドボカシー、人事、ファンドレイジングなどの基本的な知識を習得させ、これに加えて、副専攻で開発や福祉、保健、都市問題などのイシューについて知識を深めさせるという組み合わせが大部分というのが現状です。しかし、現在のNPOリーダーに期待されている役割が、これだけのコースワークで十分に育成できるのでしょうか。こうしたカリキュラム構成の背後には、「NPO経営は、所詮、公共経営のサブカテゴリでしかない」という発想が垣間見えます。

では、現代社会におけるNPOの役割とは何でしょうか。言うまでもなく、現代社会におけるNPOの役割は、行政の下請け機能だけにとどまる訳ではありません。レスター・サラモン教授が非営利団体の国際比較研究を開始した80年代から90年代にかけての議論は、「NPOとは、政府の失敗、および市場の失敗を補完する存在であり、これらセクターの提供できない公益サービスの担い手である」というものでした。この定式に、私は全く異論がないのですが、一方で、この定式においても、まだNPOは「補完的地位」にとどまっていて、その役割が十分に位置づけられていないという物足りなさを感じていました。

NPLプログラムは、このような私の疑問に対するソリューションを提供してくれたような気がします。NPLでは、NPOを「社会変革の担い手(Social Change Maker)」と位置づけます。NPOとは、政府や市場の失敗を補完するだけではなく、その機動力と柔軟性を活かして、現代社会が抱えている課題を浮き彫りにし、その解決の必要性を社会的に訴え、問題解決のために社会的資源を動員し、公的セクターや営利セクターとの恊働を組織して問題解決に向かう存在なのです。NPOは、投票者や株主などのステイク・ホルダーの利害で身動きがとれない政府と営利団体と異なり、市民社会を基盤に、対話と恊働を通じて社会変革をリードする役割が期待されているのです。

NPLプログラムは、こうした基本的な認識に基づき、リーダーシップ、ストラテジック・プランニング、グループ・ダイナミックス、クロス・セクター・コラボレーションなどをコースの中心に据えます。このカリキュラム構成は、まさに、上に述べた新しいNPOの役割を念頭に置きつつ、これを実現するための新たな人材育成を目指したカリキュラム構成だと言えるでしょう。

2.適応的リーダーシップ(Adaptive Leadership) と集合的学習(Collective Learning)

では、このような新しいタイプのNPOに求められているリーダーシップとはどのようなものでしょうか。NPLで強調されるのは、「適応的リーダーシップ」という概念です。日本では、リーダーシップというと、抜きん出た能力を持った個人が、様々な問題に直面した際に、最適な解決方法を提示し、その実現に向けて、メンバーを引っ張っていくという姿をまず想像します。しかし、現代社会が抱える様々な複雑な問題は、このような個人的なリーダーシップではとても対応できません。また、既存の解決方法を適用するだけでも解決はできません。こうした問題に取り組むためには、個人、組織、そして社会全体が、自分自身を変革しながら、この問題解決に取り組む必要があります。このような状況の中でリーダーに求められるのは、自分から解決方法を提示するのではなく、組織内外の様々な有識者やステークホルダーの意見に耳を傾け、これらの意見を調整・総合しながら、解決方法を模索していくという方法です。そのためにまず求められるのは、リーダー自身が、自己を変革していくという姿勢です。これが、適応的リーダーシップです。

このような適応的リーダーシップの元では、組織構成も変化する必要があります。カリスマ的な指導者が率いるトップダウン型の組織は、意思決定の迅速さというメリットがある一方、カリスマ的なリーダーの判断に依存しすぎていて、柔軟性に欠けるという問題があります。では、ボトムアップ型の組織が良いのか、というと、ボトムアップは時間がかかりますし、組織の下部にいる人間は、自分が所属するサブグループの枠内にとらわれて巨視的な視点を持つことが出来ないという問題があります。このような既存の組織構成に対して、よりフラットで水平的なネットワークを基盤にした組織を作ることが、適応的リーダーシップには求められます。

このようなネットワーク型組織において、各メンバーは、緩やかな形で情報を共有し、組織の垂直的意思決定プロセスを飛び越えて、アイディアを出し合い、問題解決に取り組むことが求められます。キーワードは、「集合的学習」です。そこでは、一人一人が持っているアイディアや情報をできる限り共有し、それぞれが他のメンバーに積極的にフィードバックしていくことを通じて、緩やかなコンセンサスを形成しながら新しい革新的なアイディアを生み出していく、という新たなタイプの知的創造プロセスが、求められます。こうした「集合的学習」において、ソーシャル・メディアやクラウド・コンピューティングの技術が最大限活用される必要があるのは言うまでもありません。

3.戦略革命(Strategic Revolution)

このような新しいタイプのリーダーシップと組織の下では、戦略計画策定(Strategic Planning)の概念もまた変わらざるを得ません。従来、戦略計画策定と言えば、軍事戦略策定をモデルとしたものでした。それは、目標を設定し、その目標を実現するために動員可能な資源を把握し、目標を達成するまでの工程表を策定し、各工程に必要な資源と事業計画を振り当て・・・・というものでした。もちろん、これに加えて、SWOT (Strength, Weakness, Opportunity, Threat)分析を行い,自分たちの組織の取り巻く環境と、その中での自分たちのポジションを設定する必要はあります。しかし、戦略計画策定が、3〜5年程度の計画期間を設定し、その計画期間の目標を実現するために、最適の資源と実施計画を策定すると枠組みにとどまっている限り、それは静的でリニアなものでしかありません。

しかし、現代社会は、このような戦略計画モデルでは生き残れないほど、ダイナミックに変化し、かつ複雑です。例えば、現在、Facebookやツイッターなどのソーシャル・メディア、あるいは、スマート・フォンのような携帯デバイスが登場する前の時代を想像することは困難です。こうした変化は、NPOのマーケティング戦略やファンドレイジング戦略に大きく影響します。また、グローバリゼーションの中では、地球の裏側で起きたことが、全世界に影響を及ぼすことは、例えば、3.11震災によって、グローバル・サプライ・チェーンが大きな影響を受けたことからも明らかです。このように、わずか数年、もしかしたら数ヶ月で、環境は大きく変化します。こうした時代において、3〜5年の戦略計画を策定し、それを着実に実行していく方法論は妥当性を欠きます。

こうした新たな環境の下で求められるのは、適応的リーダーシップと集団的学習に基づいて、常に環境の変化をスキャンし、ダイナミックに組織の形態と戦略計画を更新していくモデルです。それは、組織レベル、プログラム・レベル、オペレーション・レベルのそれぞれのレベルが、一定の自律性を持ちながら戦略的計画を更新していくとともに、各レベル間でのダイナミックなインターアクションを通じて、組織全体の戦略計画も、常に環境の変化に適応していくという、新しいモデルとなります。

4.セクター間の恊働と集合インパクト

このような新たなタイプのリーダーシップ、組織、そして戦略を持つのが現代のNPOです。では、このような新たなツールを使って、NPOは何を目指すのでしょうか。NPOの最大のメリットは、政府や営利団体と異なり、ステイクホルダーの利益から自由だという点にあります。その柔軟さと自由さを最大限に活用して、NPOが取り組むべき分野は、セクター間の恊働を組織し、集合インパクトを実現する点にあります。

例えば、インナーシティにおける若年層の失業問題を考えてみましょう。このような失業対策の定番と言えば、行政による職業訓練や就業斡旋です。パブリック・プライベート・パートナーシップに基づき、インナーシティの再開発に取り組むという方法も考えられるでしょう。しかし、職業訓練や就業斡旋をいくら行っても、そこに雇用が発生しない限り効果は限定されます。では、再開発が有効か、というと、巨大資本を投下して再開発された地域には、外部の資本と外部の企業が入ってきますから、インナーシティのコミュニティがそこからメリットを受けるとは限りません。では、どうすれば良いでしょうか。

インナーシティの若年層の失業問題を解決するためには、まず、コミュニティのニーズに応じた起業を促進し、雇用機会を増やすことです。そのためには、起業家支援プログラムが必要です。また、起業のためのマイクロ・ファイナンスも必要でしょう。あるいは、大企業と連携して、就業訓練を終えた若者たちを積極的に雇用するということも考えられます。しかし、起業家支援のためのインキュベータープログラムも、マイクロファイナンスも、行政が直接行う訳には行きません。これを仲介する中間団体や社会的企業が必要です。また、企業との連携を仲介するのも、NPOの役割になります。

さらに、インナーシティの若年層の失業問題を考えていきましょう。なぜ、彼らは雇用されないのでしょうか。例えば、それは、高校のドロップアウト率が高いことにあるかもしれません。なぜ彼らがドロップアウトするのか、それは、彼らがシングルマザーの家庭で育ち、所得が低くくて学費が払えないためかもしれません。シングルマザーが貧困に陥るのは、病気になった時に、これをカバーする適切な社会保険に入っていなかったからかもしれません。こうやって考えていくと、結局、失業問題は、シングルマザー支援や貧困層支援の問題に広がっていきます。それぞれのイシューに対して、行政は縦割りのプログラムで取り組んでいる訳ですが、むしろ、そうした縦割りを超えて、コミュニティにターゲットを絞って包括的なアプローチを取った方がより有効でしょう。その場合にも、また、NPOネットワークが、行政の縦割りを調整するコーディネーターの役割を果たすことが期待されます。

このように、NPOは、行政、ビジネス、そして他のNPOとの連携と恊働を通じて、社会的インパクトの最大化を実現することが求められます。これが、個別のインパクトを最大化させるアプローチに代わる新たな集合インパクト・アプローチです。

5.ハイブリッド型NPO、第四セクター

このように恊働と集合インパクトの実現を目指すNPOは、そのために、自らの組織モデルをハイブリッド化する方向へ進化していきます。ハイブリッド・モデルにおいて、NPOは、事業実施、ファンドレイジング、グラントメイキング、アドボカシーなどの様々な役割を同時に担うことになります。なぜなら、社会的インパクトの最大化は、これらの機能を有効に組み合わせて初めて実現するからです。もちろん、規模が小さくて、単独の機能しか担うことが出来ないNPOは、他のNPOとのアライアンスを形成して役割分担するというオプションもあり得ます。ここでもまた、「恊働」がキーワードになります。

さらに、NPOは、非営利という枠を超えて、営利と非営利のハイブリッドである第四セクターへと進化していく可能性もあります。米国では、既に、B-CorpやL3Cのような、新たなハイブリッドの法人格が州レベルでは法制化されつつあります。こうした第四セクターの団体に資金を提供するために、社会的インパクト投資機関や、社会的証券取引所のような、新しい資金提供メカニズムも整備されつつあります。そこでは、ビジネスに基づく迅速なスケールアップとイノベーション、非営利に基づくコミュニティのニーズに即したサービス提供が両立可能です。こうしたモデルは、また、開発援助や地球環境問題などのグローバルな課題解決のための有効なソリューションを提供することにもなります。

6.終わりに

以上、駆け足で、NPLの基本コンセプトを見てきました。コースワークでは、以上のような基本的な枠組みに基づいて、膨大な量のペーパー読解とグループワークが求められます。基本的なコンセプトを論文の読解を通じて理解し、様々なケース・スタディを行うことで、この理解をより深め、さらに様々なグループワークを通じて、こうした理解を実践的なスキルに鍛えていく。。。。コース受講者は、米国NPOで働いたことがあるミッドキャリアが中心ですが、国籍、年齢、人種の多様性に配慮されているため、いろいろな視点を学ぶことが出来ます。しかも、名門ウォートン・ビジネス・スクールやFELS公共経営大学院の学生も副専攻で飛び込んできます。ゼミ自体が、NPOの恊働とネットワークをシュミレートしたような感じで、大変ではありましたが、とても面白い経験をすることが出来ました。もちろん、NPOの財務・会計、法制、ファンド・レイジング、非営利経済、協同組合論、アドボカシー、マーケティングなども受講可能です。日本でも、近年、NPO経営や社会企業経営についての大学院レベルでのコースができつつありますが、たぶん、NPLのような、既存の発想を乗り越えようとしているところはまだないと思います。日本人の参加者は私が初めてだったようですが、このブログを読んで興味を持たれた方は、ぜひ、このコースにチャレンジしてみてください。

7.蛇足:ソーシャル・メディアとクラウド・ワーキング

これは本当に蛇足ですが、NPLでの一年間のコースワークを通じて、個人的に、最も面白かったのは、ソーシャル・メディアとクラウド・コンピューターを活用した共同作業でした。学生は、コースワークとして、様々なグループ・ワークを行うことが求められます。しかし、みんな、自分の好きなコースを取っていて、共通科目以外はほとんど顔を合わせる機会がありません。仕事をしながら参加している学生もいるので、同じ時間にみんなが集まってグループワークを行うことは至難の業です。

このため、グループワークは基本的にクラウド・コンピューティングで行うことになります。課題が与えられたら、グループのGoogleカレンダーを立ち上げて作業日程を共有し、メールグループで基本コンセプトについて合意を形成します。作業に必要な資料等は、Drop Box上で共有します。もしも、共同でペーパーを策定する必要がある場合には、Google Documentを使ってペーパーをまとめます。どうしても顔を合わせて話をする必要がある場合には、DoodleかWhen2Meetを使ってスケジュール調整します。なにか、グループのフィードバックをまとめたい時や簡単なアンケート調査をする際には、Survey Monkeyを使います。クラウド・コンピューティングを使えば、日程調整や会議などで消耗することなく、効率的にグループの作業を進めることが出来ます。

このように、クラウド・コンピューティングを利用することで、次々に与えられるグループワークをこなしていく、ということ自体が、次の時代のNPOの仕事のあり方を学ぶプロセスにつながっていくような気がしました。クラウド・コンピューティングを使ったグループワークに慣れれば、オフィス・スペースもファシリティもいりません。理論的には、自宅のコンピューターを使い、他の仕事をやりながら、自由時間を使って、NPOの活動をすることも可能なのです。その気があれば、誰でも、気軽に、自分のネットワークを使ってプロジェクトを始めることが出来るのです。

さらに、私が受講した「ソーシャル・メディアを活用した広報・マーケティング戦略論」では、フェイスブック、ツイッター、ブログ、ウェブサイトを通じた広報・マーケティング・アドボカシーのみならず、PinterestやInfoGraphの利用や、Google Readerを通じた情報収集、Google Analyticsなどのソーシャル・メディア解析ツールを使ったメディア分析なども学ぶことが出来ました。もちろん、キャンペーン型ファンドレイジングなど、新たな手法のケーススタディも行います。これらのツールもまた、最低限のコストと最低限の労力で、最大限のインパクトをもたらす戦略形成が可能です。

もしかしたら、こうしたソーシャル・メディアやクラウド・コンピューティングは、若い世代に取っては空気のように自然な存在なのかも知れません。しかし、「ワープロ」を経験した世代の人間には、こうした新しいテクノロジーは、本当に刺激的でした。NPLのようなコースで、最新の理論とテクノロジーで武装した若い世代が、NPOを通じて世界を変えていくのは、本当に時間の問題なのかもしれません。