社会的インパクト評価入門

フィランソロピーのニューフロンティア」の特徴の一つに、「社会的インパクト評価」の発展が挙げられます。これについて紹介するには、おそらく専門書1冊分の枚数が必要になる程、研究も手法の開発も進んでいます。今回は、入門編として「フィランソロピーのニューフロンティア」における議論の概要をご紹介したいと思います。

1.「社会的インパクト」とは何か

「社会的インパクト評価」の具体例を紹介する前に、そもそも「社会的インパクト」とは何かを確認しておきましょう。非営利セクターにおける評価においては、従来、プログラムの「アウトプット(産出)」や「アウトカム(成果)」を対象とした評価が中心でした。これに加えて、「社会的インパクト」を対象とするというのはどういうことでしょうか。

「アウトプット」とは、プログラムの直接的な活動内容を指します。これに対し、「アウトカム」とは、プログラムの結果、そのプログラムの対象となった個人やグループ、コミュニティに引き起こされる何らかの変化を指します。最後に、「社会的インパクト」は、プログラムを通じて引き起こされた、個人やグループにおける中長期的な変化や、コミュニティへの波及効果を指します。この説明だけではわかりにくいでしょうから、もう少し具体的な例に基づいて説明してみましょう。

たとえば、若者サポートセンターのプログラムについて考えてみましょう。若者サポートセンターは、近年、引きこもりになってしまったり、あるいは職がなくてフリーターになっている若者向けに、社会参加や就職をサポートする活動を行っているとします。この場合、アウトプット、アウトカム、社会的インパクトの具体例は、それぞれ以下のようになります。

  • アウトプット
    若者サポートセンターで行った直接的な活動内容。たとえば、コンサルティングを受けた若者数や、サポートセンター主催のセミナーへの参加者数、サポートセンターの利用者数など。
  • アウトカム
    若者サポートセンターのプログラム利用者に生じた変化。たとえば、コンサルティングを受けた若者の意識や態度の変化、セミナー参加者の知識や能力の変化など。
  • 社会的インパクト
    若者サポートセンターのプログラムを通じて、利用者グループに生じた変化。たとえば、プログラム利用者における社会参加の向上や就職率の向上など。さらに、これを通じたプログラム利用者の所得改善や彼らの家庭環境改善なども加えることが出来るでしょう。

2.「社会的インパクト評価」の意義

では、なぜ「フィランソロピーのニューフロンティア」において、このような「社会的インパクト評価」が必要になるのでしょうか。これは、「フィランソロピーのニューフロンティア」の基本的な特徴に関係します。「フィランソロピーのニューフロンティア」は、従来の「フィランソロピー」と異なり、「社会的リターンのみならず、経済的リターンも追求する」社会的投資が中心でした。このため、「フィランソロピーのニューフロンティア」は、経済的リターンを追求する限りにおいて営利行為とも言えるわけですが、単なる営利目的の投資と異なるのは「社会的リターンを追求する」点にあります。この点を明確にするための不可欠なツールが「社会的インパクト評価」なのです。

たとえば、財団が「ミッション関連投資」を行う場合を考えてみましょう。従来の「グラント」であれば、リターンを求めない渡しきりの助成金ですから、社会性はそれほど問われません。しかし、「ミッション関連投資」であれば、財団は、その投資が、通常の営利活動としての投資とは異なり、社会的リターンを追求していることを証明しなければなりません。なぜなら、財団は、その公益的性格に基づき、税の減免など、様々な優遇措置を得ているからです。このような優遇措置を受けている団体が、通常の投資団体と同じように営利を追求する投資を行うことは、財団制度の趣旨に反します。このため、財団は、「ミッション関連投資」を行う場合、その社会性を明確にして、社会的成果があることを客観的で検証可能な形で示さなければなりません。このためのツールが、「社会的インパクト評価」なのです。

これは、社会的投資仲介機関についても同様です。社会的投資仲介機関は、投資家から資金を集めて社会的投資を行います。通常、社会的投資の経済的リターンは、市場レートよりも低くなります。これは、ソーシャル・セクターのマーケットが脆弱で収益率が低く、リスクも高いためです。しかし、投資家は、「社会的投資」の性格を理解した上で、一定程度の経済的リターンを犠牲にしても社会的リターンを求めたいと判断し、合意の上で資金を提供しているはずです。このように、社会的投資仲介機関は、「社会的リターン」を掲げて投資家から比較的低いリターン率で資金を調達するわけですから、他の投資仲介機関よりも安いコストでの資金調達を享受していると言えます。その点で、彼らは優遇されているわけです。この優遇措置に応え、説明責任を果たすために、社会的リターンを社会的投資家に報告しなければなりません。このためのツールも、やはり「社会的インパクト評価」となります。

このように、「フィランソロピーのニューフロンティア」において、「社会的インパクト評価」は必要不可欠なツールだと言えます。

3.「社会的インパクト評価」手法の発展

社会的インパクト評価手法には、様々なものがあります。それぞれの手法は、目的やデータ収集の方法が異なりますから、当然、評価の結果も異なってきます。以下、主要なものを見ていきましょう。

  • 費用便益分析(CBA: Cost-Benefit Analysis)
    1930年代に米国で公的プログラムの費用対効果を算定するために開発された手法です。公的プログラムを実施するに必要なコストと、公的プログラムを通じて得られる社会的便益をそれぞれ算出し、単位コストあたりの社会的便益で評価を行います。1990年代に入り、米国の非営利セクターは、「費用・効果分析(Cost-Effectiveness Analysis)」という形でこの手法を社会的インパクト評価に導入しました。
  • 社会的投資収益率(SROI: Social Return on Investment)
    米国のベンチャー・フィランソロピーの先駆的存在であるREDFが、1997年に開発した手法です。REDFは、サンフランシスコにおいて、低所得者や障害者の雇用を創出する社会的企業に対し、ベンチャー・フィランソロピーの手法を使って支援を行っていました。この結果、生じた雇用や製品・サービスが生み出す社会的便益を通貨換算し、これを投資やプログラム運営費などのコストで割って単位コストあたりの社会的便益を通貨で表示するというのが、SROIの基本的な考え方です。REDFは、SROIを導入するにあたり、プログラムのパフォーマンスをリアルタイムでモニターするOASIS(Ongoing Assessment of Social Impacts)というシステムも同時に導入しています。これにより、ベンチャー・フィランソロピーを初めとする社会的投資の基本的な評価枠組み、すなわち業績測定(Performance Measurement)と社会的インパクト評価の組み合わせ、が確立しました。
    その後、REDFはSROIを放棄して、より簡便でしかもプログラムのモニタリングや改善に適した評価手法に転換します。しかし、SROIは海を越えて、英国を拠点としたSROI UK(現在は、Social Value UKに改称)に引き継がれています。
  • バランス・スコアカード(Balanced Scorecard)
    ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・カプラン教授とデビッド・ノートン教授が開発した戦略的ビジネス経営策定のためのモニタリング&評価ツールです。顧客、組織内部、イノベーション、財務の4つの面の情報を収集し、これを一覧することで、より効率的・効果的で、顧客志向のビジネスが可能になります。このコンセプトは、ソーシャル・セクター団体にも積極的に導入されました。たとえば、社会的投資ファンドの草分けの一つ、ニュー・プロフィットは、投資先団体にこのバランス・スコアカードの導入を義務づけて、投資がもたらす社会的インパクトをモニター・評価しています。
  • IRIS (Impact Reporting and Investment Standards)
    グローバルに社会的インパクト投資の普及を目指して設立されたグローバル・インパクト投資家ネットワーク(GIIN: Global Impact Investors Network)が開発した社会的インパクト評価枠組みです。IRISとは、社会的投資で標準的に使われるアウトカム評価指標を分野毎に整理したカタログを指します。社会的投資家は、自分が投資している分野とプログラムに最も適切な評価指標をIRISから複数選び、これを組み合わせることで社会的インパクト評価を行うことが出来ます。投資分野に応じて柔軟に評価指標を選択でき、しかもIRISに掲載されていることで全世界の他の投資家と評価指標を共有できるというメリットがあるため、現在、もっとも影響力のあるインパクト評価指標に発展しています。
  • GIIRS(Global Impact Investing Rating System)
    B-Labが開発した社会的企業や非営利組織などのソーシャル・セクター組織のレーティング手法がGIIRSです。対象となる組織のパフォーマンスや実績、財務状況などに基づいて、社会的投資適格性という観点から評価します。今後、社会的証券取引所が制度化されれば、ここでのレーティング指標として活用されることを視野に入れています。
  • コミュニティ改善度評価指標
    以上の評価手法は、基本的に、助成財団や社会的投資家など、資金を提供する側が、支援対象である社会的企業や非営利組織の活動を評価するための手法です。これに対し、社会的企業や非営利組織が提供する財やサービスが、どの程度、コミュニティの成員の生活改善に影響を与えたかという観点から評価しようという手法も開発されています。たとえば、オックスフォード貧困・人間開発イニシアチブ(Oxford Poverty and Human Development Initiative)や、グラミン財団貧困からの脱却指標(Progress out of Poverty Index)などがあります。これらは、コミュニティ成員の視点に立った社会的インパクト評価を目指しています。

4.「社会的インパクト評価」の課題と展望

このように発展を遂げてきた「社会的インパクト評価」手法ですが、これに伴って、様々な課題も明らかになってきました。論点は多岐にわたりますが、主要なポイントとしては以下のものが挙げられます。

  • 標準化を巡る問題
    「フィランソロピーのニューフロンティア」の中心的な手法の一つである「社会的インパクト投資」が発展するためには、「社会的インパクト評価」指標の標準化が必要です。経済的価値であれば、貨幣換算することで標準化は可能ですが、社会的価値の場合、これをセクターを超えて比較することが果たして出来るのか、と言う問題があります。他方、投資市場が拡大するためには、将来的に、社会的証券取引所が運営できる程度に、投資先組織のレーティングと投資が生み出す社会的価値の標準化された指標が必要となります。ソーシャル・セクターが持つ固有性と、マーケットが要求する標準化をどのように折り合わせるのかが、最大の課題です。
  • 評価の実施体制の問題
    「社会的インパクト評価」手法は、従来のプログラム評価に比べて、非常に複雑で手間がかかります。こうした評価を行うことは、企業に比べて規模が小さく、リソースも限られている社会的企業や非営利組織にとっては大きな負担となります。そもそも、このような評価を実施できる体制を持った社会的企業や非営利組織は限られるでしょう。こうした中で、「社会的インパクト評価」をどのように制度化していくのかというのは大きな課題となります。また、これに関連し、誰が、社会的インパクト評価に要するコストを負担するのか、と言う問題も発生します。支援先団体がこのコストを担える余力はありませんし、社会的投資家にとっては、コスト負担が経済的リターンの減少に直結するというデメリットがあります。
  • 評価の客観性・妥当性確保の問題
    さらに、評価の客観性や妥当性をいかに確保するかという問題があります。たとえば、SROIを例に取った場合、あるプログラムがもたらす社会的便益の範囲をどの程度まで広げるのか、また貨幣換算する際の単価をどのように設定するか、などに応じて、社会的便益の額は変動します。評価者によって評価結果が変動するということであれば、評価の客観性や妥当性が失われてしまうことになります。これでは、複数のプログラム間で評価結果を比較することが出来ません。

以上のように、様々な課題を抱えているとは言え、社会的インパクト評価の手法は確実に発展しつつあります。

おそらく、社会的インパクト投資の発展に伴い、IRISとGIIRSはより標準的な社会的インパクト評価システムとして定着していくでしょう。既に、IRISは、GRI持続可能性報告ガイドライン(G4)全米コミュニティ銀行基金ソーシャル・パフォーマンス・メトリックス、国際金融機関の民間セクター事業指標(HIPSO)、B-LabのB-Impact Assessment(BIA)などとの連携を進めており、さらに標準化が加速されると思われます。さらに将来的には、ESG投資や社会的責任投資インデックス、あるいは社会的会計(Social Accounting)などとの連携も視野に入ってくるかもしれません。これは、社会的インパクト投資マーケットに、ESGやSRIの巨額の投資資金の流入に道を開く可能性があります。

同時に、社会的インパクト評価手法の簡便化も進展すると思われます。たとえば、社会的投資仲介機関の草分け的存在であるアキュメン・ファンドは、より簡単で実践的な評価手法として、Lean Dataというユニークな手法を開発しています。また、既に述べたように、REDFも独自のモニタリング&評価手法を発展させています。社会的企業のレベルでは、このようにより支援先組織の実態に即した手法が洗練されていくことになると思われます。

最後に、社会的インパクト評価を可能にするエコ・システムの整備も見逃すことは出来ません。2000年代初頭から社会的投資政策を推進している英国政府は、費用便益分析の基礎となる単位コストのデータベースを構築・公開したり、公共調達において経済的価値のみならず社会的価値にも配慮するよう地方政府に義務づける社会的価値法を制定するなど、独自の取り組みを行っています。これは、今後、他の先進国においても導入される可能性があります。

このように、社会的インパクト評価は、フィランソロピーのニューフロンティアの発展と手を携える形で、さらに普及していくことが期待されます。

「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)

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