欧米の「転換型財団」

しばらく日本を離れているので、なかなか日本の現状をキャッチアップすることが出来ないのですが、どうも、いろいろな方のブログやフェイスブックを眺めていると、日本では、休眠口座のお金をどうするかという議論がなされているようですね。この点に直接関係しているわけではないのですが、日本の公益法人改革との関連で、先日、サラモン教授と話をしていたときに、面白いポイントを教えていただいたので、シェアしておきたいと思います。

転換型財団というアイディア

サラモン教授が展開しようとしている「フィランソロピーの新しいフロンティア」論のキーワードの一つに、「転換型財団(Conversion Foundations)」というものがあります。どういうものか、少し見てみましょう。

80年代に入り、医療保険関係のNPOの多くが、非営利から営利に法人格を変更しました。営利団体との厳しい競争にさらされる中、サービスの質と量を維持するためには、NPOでは生き残っていけないと判断したからです。その判断の背景には、NPOのままだと株式や債券発行を通じた資金調達が出来ず、設備投資が出来ないという法的な限界があります。非営利から営利に転換しても、彼らはコミュニティへサービスの質と量を維持するために全力を尽くしているので、これ自体はあながち悪いことではありません。

ところで、転換に際して、面白い現象が起きました。NPOを巡る基本的な論点として、NPOは、その収益を分配することが出来ない、という点があります。以前にも述べましたが、それは、フローとしての利益を配当などの形で分配できないことと、ストックとしての利益の蓄積を解散時に分配できないこと、の2点です。90年代に、NPOが営利団体に法人格を転換する際、後者の問題が議論になりました。法人格を変更するためには、NPOをいったん解散し、改めて営利法人を設立する必要があります。建物も設備もスタッフも同じままなのですが、法人格上は、NPOが消滅するため、その財産を営利団体に継承しなければなりません。しかし、NPOと言う性格上、資産を分配することが出来ないのに、その財産継承を認めて良いのか、と言うのが中心的な論点です。

詳しいことは、私もフォローし切れていないのですが、結局、議論の末、建物や設備などについては、新たに設立された営利法人に継承することが認められました(形式的には、旧NPO法人が新営利法人に、適正な価格で譲渡するという形を取ったと思います。間違っていたらごめんなさい。)。では、譲渡後の残余資産をどうするか?法律上、これらの資産は、地方政府が接収した上で、他の適切な非営利団体に配分することになります。しかし、それでは、せっかく、今まで蓄積してきた資産が無駄になります。そこで、法人格を転換した非営利団体は、残余資産を使って新たに非営利法人を設立し、営利法人の業務を側面的に保管する業務を行うことにしました。こうして、NPOが蓄積してきた資産が、無駄にならずに、引き続き、新しいサービス提供の糧として利用されるようになりました。

ドイツ・フォルクス・ワーゲン財団の試み

サラモン教授によると、この議論はより国際的に展開できるし、とても重要な論点だそうです。例えば、ということで、サラモン教授が教えてくださったのが、ドイツのフォルクス・ワーゲン財団です。ドイツ政府は、当時、国営企業であったフォルクス・ワーゲンを民営化する際、その株式の40%をそれぞれドイツ連邦政府とサクソニー州が保有しました。最終的に、連邦政府と州政府は、その株式を売却するのですが、その売却利益をフォルクス・ワーゲン財団設立の際の基本財産に利用したのです。

現在、フォルクス・ワーゲン財団は、ドイツ有数の助成財団として活動しています。その活動は、フォルクス・ワーゲンからもドイツ政府からも完全に独立した、民間財団としての活動です。フォルクス・ワーゲン財団の基本的な助成対象は、科学研究です。ドイツ国内のみならず、海外にも支援しており、単なる科学研究の振興のみならず、ドイツと海外の相互理解の促進や、グローバルな課題解決に向けた科学技術の開発なども視野に入れています。民間財団ではありますが、ドイツの「ソフト・パワー」の重要な担い手となっていると言って良いと思います。

社会的資産としての「財団」

以上、サラモン教授の「転換型財団(Conversion Foundations)」と言うコンセプトを駆け足で概観しました。ちょっとわかりにくい概念ですが、要するに、財団や国営企業が、法人格を転換して民間営利団体になる際、発生する残余資産を活用して新たに設立される財団を指すと考えて良いかと思います。では、この議論のポイントは何でしょうか。いろいろな論点があると思うのですが、私が気に入っているのは、「財団」という制度への深い社会的信頼です。

「財団」とは何か。それは、フローの資金ではフォローしきれない様々な社会的課題に取り組むための「社会的資産(=アセット)」です。例えば、政府は、税金を徴収して、そのお金を社会的事業に投じることで、資源の再分配を行いますが、それは毎年度のフローであると言う点で限界があります。単年度主義で、予算は細切れになりますし、時の政権の政策の変化にも左右されます。そのような限界を克服し、長期的で党派制を離れた広い視野から社会問題に取り組むための社会的装置として、財団のような「社会的資産=アセット」の方が有効だし必要だ、という考え方が、米国や欧州にはきちんと根付いているのです。

(余談ですが、こうした観点から、私は、ビル&メリンダ・ゲーツ財団のポリシーには懐疑的です。彼らは、自分たちの死語、50年以内に、財団の全財産を使い切ることを決定しています。理由は、それによって社会的インパクトを最大化するためだそうです。しかし、私には、彼らが社会的な資産としての財団の意味を理解していないように見えます。ロックフェラーやフォードが、自分たちの死後もしっかりと社会をよりよくするための装置として機能するように財団を残し、財団が今でもしっかりとその役割を果たしていることを、彼らはもう少しきちんと考えて欲しいと思います。)

休眠法人の資産をいかに活用していくのか

さて、翻って、日本はどうでしょうか。これから、新公益法人制度の導入により、多くの休眠法人が廃止されることになります。その資産の総額はとても大きなものになるでしょう。現在の公益法人制度では、清算前に特に法人が定款等で規定していなければ、その財産は、国庫に帰属することになります。例えば、ですが、日本政府が、それを財政赤字の補填に充当したり、あるいは当座に必要な事業に使うための資金に充当したいという誘惑に駆られることは十分ありうることだと思います。「公益法人が蓄積した資産は元を正せば税金なんだから、国庫に返納するのは当然だ。財政赤字が危機的状況にある中、使える資金はすべて動員してこの危機を乗り越えなければならない。」という議論は当然出てくるでしょう。ちょっと前の「埋蔵金」探しで、政府機関や独立行政法人が保有している資産を発掘してこれを通常予算に組み込もうとしたことを考えると、同じ議論が、公益法人にも適用される可能性はありうると思います。

しかし、それでは、せっかくの社会的資産がフローに変えられてしまうことになります。それは短期的には有効かもしれませんが、日本の長期的なビジョンを考えると、大きな損失になるような気がします。欧米の例にならい、休眠法人が過去に蓄積してきた資産を活用して、政府が新たな社会的資産を形成し、それを次世代のために大切に使っていく・・・、そういう発想が求められているのではないでしょうか。

追記:

この記事を書いた後、銀行の休眠口座については、「休眠口座について考えるための情報サイト」が既に立ち上がっていて、その資金を基金化し、社会事業、福祉事業に使ってはどうかというアイディアが出されていることを発見しました。このアイディアは大賛成です。議論が深まって、新しい法律が出来ればよいですね。