新たなツール6 社会的責任投資・購入

フィランソロピーのニューフロンティア」における新たなツールの一つに「社会的責任投資・購入(Socially Responsible Investing and Purchasing)」があります。これらは、20世紀初頭から存在していましたが、近年、フィランソロピーのツールとして、その重要性を増してきています。

1.「社会的責任投資・購入」とは?

伝統的なフィランソロピーにおいて、基本的なツールは寄付・助成・ボランティア・社会貢献活動などでした。財団であれば助成金の提供、企業であれば社会貢献活動や企業寄付、個人であればボランティアや寄付などが一般的なツールだったと言えるでしょう。

しかし、こうした活動には自ずと限界があります。企業はビジネスを行い、個人は生活を営み、財団は組織存続のために基本財産の運用を行う必要があります。ある意味で、伝統的フィランソロピー活動は、このような日常的な活動とは区別された「特別な活動」だったわけです。しかし、社会的な課題が大規模化し、深刻化する中で、このような「特別な活動」だけでなく、日常的な活動を通じても社会的責任を果たせないか、という考え方から生まれたのが、「社会的責任投資・購入」です。

たとえば、財団について考えてみましょう。環境問題に取り組む財団は、もちろん環境保護活動に助成金を出します。この助成金は、財団の基本財産の運用収入から得られますが、従来、資産運用などの活動は、財団の助成活動と独立になされてきました。これが、社会的責任投資・購入を通じて、以下のような積極的な活動に変化します。

  • ネガティブ・スクリーニング投資
    たとえば、財団の資産運用の投資先に、環境を破壊する企業が含まれていたら、せっかくの財団活動が相殺されてしまいます。このため、財団は、環境を破壊するような企業を資産運用先から除外した方が良いでしょう。これを社会的責任投資では「ネガティブ・スクリーニング」と呼びます。
  • ポジティブ・スクリーニング投資
    同時に、このような環境系の財団の中には、資産運用をより積極的に活用し、環境保護に寄与するような活動(例:ゼロ・エミッション工場の建設など)や、環境保護に寄与する製品の開発(例:太陽光発電パネルなど)を行っている企業を投資先に選択することもあります。これを社会的責任投資では「ポジティブ・スクリーニング」と呼びます。
  • プログラム関連投資、ミッション関連投資
    財団の中には、この投資をさらに発展させて、自分たちが支援している環境系の社会的企業のスケールアップのために投資を行うものもいるでしょう。この場合は、「プログラム関連投資」や「ミッション関連投資」になります。
  • 社会的インパクト投資
    さらに、財団の中には、環境分野を専門とする社会的投資仲介機関を通じて、より積極的に環境関係の社会的企業の支援に乗り出すかもしれません。この場合は、「社会的インパクト投資」となります。
  • 株主アクティビズム
    アドボカシー活動を中心に活動する事業型財団の場合には、株式投資を通じて企業経営に関与することで、より積極的に影響力を行使しようとするかもしれません。たとえば、環境破壊を行っている企業の議決権付株式を取得し、このような環境破壊を止めるよう株主動議を提出することも考えられます。こうした活動は、「株主アクティビズム」と呼ばれます。
  • 社会的責任購入
    さらに、財団は自身の機材・物資の調達の際にも、環境に優しい商品を購入したり、あえて風力発電や太陽光発電などのクリーン・エネルギーに基づく電力会社と契約したりと言う形で、自らの購買活動を通じても、ささやかながら環境問題に寄与することができます。これが、「社会的責任購入」です(「倫理的購入(Ethical Buying)」という言い方をする場合もあります。)。

このように、財団は、助成金だけでなく、社会的責任投資・購入の手法を活用することで、より社会貢献活動を強化することが出来るようになります。こうした手法は、財団だけでなく、企業や個人、NPOでも可能です。

2.社会的責任投資の発展

社会的責任投資は長い歴史を持っています。20世紀初頭に教会や宗教団体が、投資の際にアルコールやたばこ会社を投資先から外したり、あるいはコミュニティ開発のために投資したりという活動がありました。

1960年代の公民権運動の盛り上がりにより、1970年代に入り、社会的責任投資に「株主アクティビズム」が登場します。また、社会的責任投資(SRI: Socially Responsible Investment)ファンドも初めて設立されます。

1990年代に入ると、社会的責任投資のためのインデックスが開発され、SRI投資という形で資金規模が拡大します。さらに、2000年代にはESG(Environment, Society and Governance)投資という形でさらなる拡がりを見せます。また、2006年には国連責任投資原則(UNPRI: UN Princilples for Responsible Investment)が制定され、社会的責任投資の国際的な標準化が促進されます。

現在では、米国欧州日本など、各地に社会的責任投資フォーラムが設立されて社会的責任投資の促進に向けた取り組みが進められており、また、米国のダウ・ジョーンズ、英国のFTSE、南アフリカのヨハネスブルグ証券取引所やブラジルのBM&F Bovespaのような公設証券取引所にSRIインデックスやESGインデックスが導入されています。

3.社会的責任購入の発展

社会的責任購入も長い歴史を持っていますが、近年は、フェアートレード、有機農業、倫理的飲食品購入、グリーン・ハウス、倫理的ファイナンス、倫理的ファッションなどが登場し、多様な拡がりを見せています。

こうした運動は個人が中心でしたが、企業CSRの普及とこれに伴うサプライ・チェーン・マネジメントにおける倫理的ガイドラインの導入により、広く企業にも取り入れられるようになりました。これも、環境に配慮するグリーン購入、人権に配慮するダイバーシティ購入、労働条件に配慮する反スエットショップ調達など、多様な拡がりを見せています。政府・公的機関も、積極的にこのようなガイドラインを導入し始めています。

4.社会的責任投資・購入の課題と展望

たとえば消費者の倫理的消費を考えた場合、特定の企業の商品をボイコットするにせよ、あるいは環境に優しい商品やフェアートレードに基づく商品を積極的に購入するにせよ、この行動を持続させ、成果を確実なものにするためには、企業側の適切な情報開示と信頼できる公的機関や非営利組織によるモニタリングや情報提供が不可欠です。場合によっては、政府の規制やガイドライン、認証などが必要となるでしょう。

また、社会的責任投資についても、この指標となるSRIインデックスに何をどのような形で組み込むかについては、まだ議論が必要です。環境、人権、ガバナンス、社会貢献などが現在標準的ですが、企業活動が大規模化するにつれ、地域コミュニティへの経済的影響や雇用、ダイバーシティへの配慮など、様々な要因をさらに組み込んでいく必要があります。

いずれにせよ、社会的責任投資・購入は伝統的なフィランソロピー活動に比べて大きな影響力を行使することが出来る可能性を秘めています。今後も、様々な領域でこうした手法が発展していくことが期待されます。

「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)

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