新たなツール4 プライベート・エクイティ投資

今までは、「フィランソロピーのニューフロンティア」に登場した新たなツールとして、主に債務(debt)手法を通じた資金調達を紹介してきました。しかし、「ローンと信用補完」で説明したように、ソーシャル・セクターが利用できる資金リソースには、これ以外に「株式(エクイティ)」があります。ここでは、「プライベート・エクイティ投資(Private Equity Investments)」について紹介しましょう。

1.「プライベート・エクイティ投資」とは?

「エクイティ投資」は、「ローンと信用補完」で説明したように、将来の収入や収益に応じた配当や、企業価値に連動した株式売却利益などを前提に提供される資金を指します。通常、エクイティは、投資先団体の経営に何らかの形で参加する権利を伴います。

「プライベート・エクイティ」とは、公設の証券取引市場に上場されて売買される「パブリック・エクイティ」と対になる概念で、未上場企業の株式の取得・引受を行う投資を指します。通常、「プライベート・エクイティ投資」の対象となるのは、事業立ち上げの段階、または立ち上げ後一定の期間を経て成長・発展段階に向かおうとするベンチャー企業です。「プライベート・エクイティ投資」では、経営参加として、非常勤取締役の派遣など経営支援を行うと共に、成長戦略の策定などにも関与します。

なお、ソーシャル・セクター組織の中で、「プライベート・エクイティ投資」の対象となるのは、営利組織の法人格を持つ社会的企業のみで、非営利組織の法人格を持つ組織は除外されます。非営利組織は、構成員に対する利益分配を禁じられており、エクイティによる配当や売却利益を提供することが出来ないためです。

しかし、非営利組織であっても、デット投資資金がない場合、エクイティ的な投資資金が必要です。こうしたニーズに応えるため、近年は、「準株式(quasi equity)」と呼ばれる新たな投資手法が登場しています。これは、エクイティ投資と異なり、利益の分配や持ち分の移転を伴わず、「収入」に連動する形でリターンを確保することが出来る投資形態です。詳しくは、以下で説明します。

2.「プライベート・エクイティ投資」の必要性

ローンなどのデット投資は、一定の事業収入見込みとローン返済が困難になったときの担保(不動産、資産等)を前提とします。また、デット投資の提供にあたっては、一定程度以上の自己資本比率も求められます。これに加えて、ローンは,業績の有無にかかわらず、一定期間後には返済を求められます。このため、デット投資は、すでにある程度のビジネス・モデルを確立して一定のキャッシュフローがあり、さらに資産や資本を蓄積した社会的企業が、さらにその事業をスケールアップする際の資金調達に適しています。

これに対し、ベンチャー企業の場合、将来の収入見込みも不確定ですし、もちろん担保となる資産や自己資本もありません。このため、ベンチャー企業が金融機関からローンなどのデット投資を獲得することは難しく、また仮に獲得した場合であっても、収入の有無にかかわらず一定期間後には返済を求められるというリスクがあります。このため、将来の業績に連動する形で資金を提供してくれるプライベート・エクイティが求められます。

他方、投資家から見た場合、プライベート・エクイティは、リターンが将来の業績に直結しているため、大きなリスクを伴います。このため、通常、プライベート・エクイティ投資のリターン率は、デット投資のリターン率よりも高く設定されます。このように高いリターン率を求められることから、プライベート・エクイティは、開発途上国など未開拓で成長の余地が大きいマーケットや、従来の発想とは異なるイノベーションに基づいて今後の発展が見込まれるマーケットがより適合的です。

さらに、プライベート・エクイティ投資は、上述したように、リスクをコントロールするという観点から、投資家の経営参加が必須となります。特に、社会的企業の場合、規模も小さく、経営の経験もそれほどなく、さらにマーケットも通常のものに比べて困難を伴うため、投資家の経営参加と経営支援が強く求められます。

3.プライベート・エクイティ投資の類型と担い手

プライベート・エクイティ投資は、「通常の株式(Standard Equity)」と、上述した「準株式(Quasi Equity)」の2つに大別されます。それぞれには幾つかの下位類型があります。

■通常の株式(Standard Equity)

  • 普通株(Common Stock)
    もっとも基本的な株式形態です。普通株の所有者は、会社の配当を受け取り、株主総会に参加し、会社の意思決定に一定程度の意思表示が可能です。しかし、普通株の所有者が会社に行使できる影響力は、株式の所有率を高めない限り、限定的です。
  • 優先株(Preferred Stock)
    普通株に比べて様々な優先的な権利が与えられる株式形態です。優先株の所有者は、会社の意思決定に対する強い投票権を持ち、また配当が高く設定されたり、会社が清算された場合に残余資産に対して優先的な請求権などが与えられます。社会的インパクト投資家は、通常、この優先株に投資します。
  • その他
    これ以外にも、「転換優先株(Convertible Preferred Stock)」や「ワラント(Warrants)」など、様々な株式形態が発行されています。

■準株式(Quasi Equity)

  • 転換社債(Convertible Note)
    転換社債は、一定期間後に割引価格でエクイティに転換することが出来る権利を付与されたデット金融商品です。初期段階の社会的企業で、規模が小さくて優先株を発行できなかったり、優先株を発行することでオーナーシップの希薄化を避けたりする場合に、代替策として転換社債を発行します。社会的インパクト投資家にとって、転換社債は、スタートアップの社会的企業が、将来、本格的な株式発行を行うのを準備させるための先行投資という意味を持ちます。
  • ロイヤルティ(Royalty)、収入連動型支払い(Revenue Share Payment)
    社会的企業が持つ知的財産権などのロイヤルティ収入の一部や、これ以外の収入の一部を投資家に還元することと引き替えになされるデット投資です。社会的企業が、非営利の法人形態を取っていてエクイティ投資に対する配当の支払いが困難な場合や、社会的企業が家族経営などで株式を通じた経営関与が困難な場合などに使用されます。通常は、ローンとして、固定的な利子の返済に加えて収入が伸びた際に追加のリターンを加えるという形態を取りますが、一部は完全に変動型で、キャッシュフローがある場合にのみ収入の一定割合を支払うという形態を取るものもあります。
  • その他
    これ以外にも、M&Aや会社売却時に将来の事業収入に応じて追加の支払いを定める「アーンアウト(Earn-outs)」や、社会的企業の支払い能力に応じて返済額を変えることで彼らに一定程度のキャッシュフローを保証する「要求型配当(Demand Dividends)」など、社会的インパクト投資の分野では、様々な準株式手法が開発されています。

4.プライベート・エクイティ投資の課題と展望

プライベート・エクイティは、営利型社会的企業のスタートアップや成長段階を支援する資金提供ツールとして有効であり、また、準株式手法の発展により、非営利型社会的企業に対する資金提供も可能となりました。このため、特に開発途上国におけるソーシャル・ベンチャーに対する社会的インパクト投資では重要なツールとなりつつあります。

他方、発展の過程で、様々な課題も表面化してきました。

第一に、特に開発途上国においては、こうした社会的インパクト投資を巡る様々なリスクが存在することです。開発途上国の法整備の不備や恣意的な政策により、中長期的な観点から行われた社会的インパクト投資が、一夜にしてリターンが失われる可能性はまだ高いのが現状です。為替レートの変動幅が大きいこともリスク要因の一つです。

第二に、社会的企業の投資受入体勢の問題があります。社会的企業は小規模で、エクイティ投資を受け入れて成長するノウハウを持っていません。また、投資家が経営に関与することに対する抵抗感が強く、経営に参与する社会的インパクト投資家との間に軋轢があります。

第三に、これが最も重要な問題ですが、社会的企業が活動するのは、通常、開発途上国や、先進国の貧困コミュニティなどです。これに対し、社会的インパクト投資家は、このような現場にいるわけではありません。このため、社会的企業家と社会的インパクト投資家の間には、深い認識のギャップがあります。現場に精通していない社会的インパクト投資家が、現場の事情を無視して経営に関与することで、ビジネスが損なわれる可能性は常に存在します。

では、このような課題に取り組むためにはどうすればよいでしょうか。開発途上国においては、マイクロファイナンス、金融包摂、再生エネルギーなどの領域では、すでに社会的インパクト投資で高いリターンが確保されています。また、先進国においても、貧困コミュニティの金融包摂やコミュニティ開発分野で、リターンを確保した成功例が現れています。社会的インパクト投資が成功するためには、このような成功例を基礎に、特定の地域やセクターにフォーカスし、この分野に精通したファンドマネージャーの協力を得ることが不可欠だと思われます。さらに、社会的インパクト投資に固有のリスクが明らかになってくるに伴い、そのリスクを軽減する様々な準株式の手法が開発されてきました。このような手法を積極的に活用してリスクをコントロールすることも重要です。

上述したように、エクイティ投資は、スタートアップや成長段階にあるソーシャル・ベンチャーにとって不可欠の資金提供手法です。リスクをコントロールしつつ、しかも一定のリターンを前提に民間資金をソーシャル・セクターに導入するエクイティ投資は、今後もその重要性を増していくと思われます。

「フィランソロピーのニューフロンティア:
社会的インパクト投資の新たな手法と課題」
(レスター M.サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)

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